俺達が固まっている間に、目の前、次々と地元民が通り過ぎて行った。
宮原の長い髪に隠れて、俺の手が何処に忍び込んでいるのか、周りから見えてはいないだろう。高校生(バ)カップルがいつもより盛り上がっていると単純に捉えて、周囲は通り過ぎる。
「て、展開が早過ぎない?」
宮原に、怯えた目で諌められてしまった。
確かに、旅行の開放的な気分も手伝って、少々踏み込んでしまったな。
俺は腰回りまで手を戻した。宮原の体の力が徐々に抜けていく。こっちを見上げて、安堵とも許しとも取れるキスを寄越した。
その体を支えてジッとしていると、不意に元カノの朝比奈を思い出す。
困ったり呆れたりしながら、それでも我儘を許してくれて……もう誰とも、あんなキスは出来ない。
勢いとはいえ、取り返しのつかない事をしてしまった。……宮原に。
「今付き合ってるヤツとか、居たっけ?」
最初に聞けよ、かもしれない。
「まぁね。ここには居ないけどね」
「え?居るの?」
魂を抜かれるとはこういう事だ。急激に手の力が失われた。
「それ、マズイだろ」
「でもそういう相手の方が、安心して遊べない?」
そういう事かと、ますます力が飛んだら、「ウソウソ、居ないよーっ」と宮原の腕が首に巻きついてきて……「イヤイヤ、しっかり居るだろ」
つまりこうやって戯れたからと言って、ちゃんと付き合ってみるというチャレンジは期待できないという事だ。
本命の彼氏と会えないからと、悶々とした気持ちを持て余して、空いた時間に男子をツマんで気を紛らわせている。相手が年上なら、「タメなんてお子様で相手になんな~い」とか言って、上から目線でいるにも関わらず、こういう時だけ……そういう雰囲気の女子は、周りにも多々居る。
「修学旅行なんてさ」と、退屈しているんだろう。
そして宮原の場合、突き飛ばすほど居心地が悪い訳ではない。
これが問題だった。
そういう扱いにも長けているのか、「別にこれぐらいなら、どうってことないじゃん」とばかりに、宮原はグイグイと体を押し付け、その唇は顎とか耳とか、何でもない場所ばかりを責める。
そこら辺なら……そこまでなら……と、ミリ単位で黙認しているうちに、次第に核心に触れてくる。それは良くない……そこはマズい……こっちの反応をいちいち楽しむ余裕で、俺は宮原に身体中を探られていた。
こっちがちょっと踏み込んだ途端に、恐れて固まるくせに……。
それも含めて、宮原は悪くない。
顔立ちも可愛い部類だ。胸もあるし、肌も綺麗だと思う。
悪くない。悪くない。悪くない。
悪くないんだけど……一体おまえはどうしたいんだ!と、こっちは、宮原も俺自身も責めてしまう。こんな場所でこれ以上進める訳がない。そうと分かり切っているから、手探りも何も中途半端だ。
それは俺もだし、宮原もだった。
相手が居ると分かってしまった時点で、とっくにこっちの気持ちは萎んでいる。そんな乗りきらない男子に挑む事に、宮原は次第に食傷気味だった。
結果、お互い、中途半端に悶々としただけ。
さっきまで全く気にならなかったが、どこからか聞こえてくるメロディが、急に大きくなったかと思ったら、不意に聞こえなくなって……それがまるで物語の終わりを告げるようだ。
「もう行こっか?」
うん。
ベンチを立ってしばらく明日の広島の話なんかで、そぞろ歩き、体に籠った熱を放出した。
クールダウン。
三条大橋のスタバに入ろうとした所で、顔だけは知っているだけの連中が店から出てきた。
宮原がいち早くプイと体をそらし、まるで元から独りだと言わんばかりの態度で店に入ると、当然のようにテイクアウトで出て行く。
すれ違う時、俺に向かって、意味深な目線で合図を送ることは忘れなかった。
そんならこっちは時間をずらそうと考え、店内でコーヒーを飲もうとしたら、何故かそこに黒川が独り、ポツンと居て……危ない所だった。
そうだった。三条大橋。
黒川は俺を見つけて近づいて来ると、「独りかよ。おまえ、終わってるな」と、さっそく決め付けられた。
「そういう、おまえも独りじゃないか」
「オレ?オレは先刻、例の地元女子と別れたばっかなんだけど」
「あ、スタバで待ち合わせしたとかいう、アレか」
まー、知っていたけど。聞けば、黒川は、せぇへん?の地元女子に会っていただけではなく、その前には四国女子ともここで、きっちり会っていたらしい。
「おまえ凄いな。マジで感心するよ」
成り行き上、黒川と向かい合い、さっきまで一緒だったという地元女子の話を聞く事になった。
「みんな3年でさ、模擬試験の帰りに合格祈願を兼ねて遊びにきたとか言ってた。オレは今、彼女居ないって言うと、何だか色々紹介してくれてさ」
と、女子の画像を見せてくる。「これで3年?」下だとばかり思った。
あどけない風貌の女子が、笑顔で黒川と写り込んでいる。
こうやって、意味の無いコレクションが増えていくのか。
「オレの事〝やたらイケてるやん、さすが横浜やね、どっか大人っぽいねん〟とか言ってさ」
黒川は嬉しそうに口元を歪ませて、コーヒーをすすった。……自慢か。
そして〝大人っぽい〟と言われる事に快感を覚えているのは俺だけじゃないと知る。どこでも男子は、女子にいいように転がされているのだ。
画像の女子は楽しそうに見えた。
〝黒川は、仏像くんよりは面白い〟それは確実のような気がする。
俺はコーヒーを一気飲み、本日3度目の深い溜め息をついた。