「はは、ごめんごめん、驚いた?」

「あ、ううん大丈夫」

「いやーだってさ、いつもボーッとしてるからさ、朝日さん。普段早く終わんないかなーなんて言うのめずらしいなって思って」


〝普段″という言葉に驚く。

ということは、週に1回ある委員会、この人はいつも私の隣に座ってたのかな?

顔をまじまじと見つめてみるけど、彼の名前は一向に出てこない。周りを見てないって私のことを言うんだろうな。


「あ、って、いや!いつも見てるとか言うわけじゃなくて! その……」


ちょっと恥ずかしそうにそうやってそっぽを向く姿が、なんだか郁也に似てるな、なんて思う。


「そんな見ないで、」

「えっ、ゴメン!」


気づけばジロジロと人の顔を見てしまっていたらしい。私ってばなんて失礼なんだろう。


「……朝日さんさ、俺の名前、わかる?」

「え……」


ぐるぐる回る頭の中の文字の羅列。

彼の名前は出てこない。

こんな風に人の顔をジロジロ見ておいて不快にさせた挙句、相手は私の名前を知っているのに名前さえ出てこないなんて失礼にもほどがある!


「えっーと、」

「うん」

「……スズキくん?」

「……」

「じゃなくて、ヤマダくん、」

「……」

「でもなくて、ヤマモト……」

「……」

「……ごめんなさいわかりません……」


最低最悪だ土下座しよう!

そう思った瞬間、彼が小さく笑いだす。


「あはは、いーよいーよ!朝日さんってあんがいオモシロイね。俺は、佐田雄也(サタ ユウヤ)!雄也ってよんでいいから!」

「えっと……先輩? ですか?」

「え、俺? 違う違う! 普通に同学年だって!」

「そっか、じゃあ、雄也って呼ぶね」

「ウンありがと! ね、俺も林檎って呼んでいい?」


どう?って首をかしげる雄也くん。

郁也がオオカミだとしたらきっとこの人は犬だろうな。

そんなことを考えながら、ゆっくりうなずく。



「うれし! じゃ、今日から友達ね、林檎」



初対面なのにこんなにグイグイくるなんて、雄也ってコミュ力おばけだ。いや、入学してから舞と郁也くらいしか親しい人ができていない私がコミュ障おばけなのかもしれないけど。

雄也のにっこり笑ったその顔も、やっぱり犬だと思った。