「……西条クン、お願い…」
甘い声は、わたしが覗き見していることなんてつゆ知らず続く。相手の男の子の名前はどうやら " 西条クン " らしい。
ていうか。
このままここにいてもしょうがない。体育館の場所がわからなくて迷っていただけで、とんだ災難に遭ってしまった。
こんなピュアガールになんてもの見せてくれるんだよ、コンチクショー!
人様のふっかーい恋愛事情を覗き見するほど私、朝日 林檎(アサヒ リンゴ)は暇じゃないのだ。
私はなるべく音を立てないように、静かに足を動かした。
……のが間違いだった。
______バタンッ
きっと、入学式前だからと言って、先生方が気合を入れて廊下をワックスがけしたに違いない。
私はあろう事かそのつるっつるの廊下に足を滑らせて、派手にその場に転んだ。そう、それはそれは派手に。
「なあに、いまの……」
「人かな?」
隣の教室から男女の声がして、こちらへとだんだん近づいてくる足音を転んだ状態のまま聞いている私。
全身の血の気が引いた。
……私の高校生活オワッタ。多分明日から私のあだ名は間違いなく「覗き見ちゃん」だ。決定だ。