お弁当なんて用意してなかったベン…
私と社員食堂でランチしてくれたのは

きっと女子社員達を傷付けないようにした嘘だったんだと思う。

でも、なんで
そんな嘘までついて私とランチしたのかは
あえて聞かなかった。


彼女が作ってくれたお弁当を食べるんじゃないかって思ったから
そうでなかったことに、また少し喜んで。

敬語じゃなくなったことに、また少し喜んで

私の頭に優しく触れたことに、また少し喜んだ。





プロジェクトも中盤くらいになると、
ベンが会社に来ることも少なくなったけど
社員食堂で時々ふたりランチ出来ることが嬉しくて…

仕事以外の時には、敬語じゃないことが嬉しくて…

特別な何かになれたような気がした。




でも、そんな思いあがりは、すぐに打ち消された。






(今日はベンが会社に来る日だ)
前回会えてから約10日が過ぎた日だった。


もうすぐベンが会社に来る約束の11時。

メイク直しの為に軽い足どりでトイレへと向かった。


(うわ〜、混んでる)

社内トイレが混むのはお昼後のはずなのに、
休憩時間でもない半端な時間にトイレが混むのは、きっと他の女子社員達もベンが来るのを楽しみにしているからだとわかった。

鏡越しに、お局様と目が合うと
嫌な予感は的中した。


「あー、富士屋さん。
最近 前田さんと仲良くしちゃって楽しそうじゃない。」



(ほら、キタ)


学生時代は運動部だったし
こういうのは、意外と慣れていて
うまく交わす方法も取得していた。


お局様を筆頭に女子社員達が言いたいのは
要は「出しゃばるな!」「前田さんは、みんなのモノ」てやつで…。

こんな歳になって、
こういうことを言っちゃうの恥ずかしくないの?

なぁんて思いながらも、差し障りない返事をした。





ベンが来る約束の時間になると、
待ってました!かのように珈琲が出され
いつにも増した女子社員達の香水の様々な匂いが漂っていた。


この光景…
中2の頃を思い出すな。

あの時も、私以外とはあまり話さなかったベンが他の女子とも笑顔で話すようになって
遠巻きで見ていた私のことなんて気付いてもくれなかったよね。




「富士屋さん⁉︎」

「は、はい。」

女子社員達に囲まれていたはずのベンが
私の顔を覗き込んでいた。


あの頃とは違って、
遠巻きで見ていた私に声をかけてくれたことにビックリした。


「もしかしてヤキモチ?」
みんなに聞こえないように、少しかがんで耳打ちした。


「…な‼︎」

コイツ、なんてことをっ!!

顔が熱くなった。


「図星?顔、赤いよ」

またあの意地悪そうな顔で笑った。

くっそ〜〜。
ベンの奴、言い返せない状況なのわかってて
こういう事言うんだから‼︎


「富士屋さん!仕事中にニヤついてないで
ちゃんと仕事に集中しないなら帰っていいから」


さっきの忠告をわかれ!と言うかのように
お局様が釘を刺してきた。


「す、すみません。」

「まったく、前田さんだって仕事をしに来てるのに迷惑じゃない。若い人は、チャラついててホント困るのよね。
前田さん、ごめんなさいね〜、うちの若い社員が失礼な対応で〜」

さっきまでの笑顔はなくなり
申し訳なさそうに
ベンが何かを言いかけた時、
「先輩として、お詫びに今日はランチご馳走させてもらうわ〜、社員食堂でもいいかしら?」
と、お局様が言った。


私とベンが社員食堂でランチしてることを知っててワザと言ってるんだ。

社員食堂ならランチしてくれると思ってるんだ。


「いや、大丈夫です」と間髪入れずにベンは断った。




「富士屋さんとだったら一緒に行くのかしら?」

お局様は、断られた事でプライドを傷付けられたのか…今度はベンに向かって嫌味を言い始めた。


「なんか誤解させてしまってたら申し訳ありません。僕は彼女いますんで…」



私が、ガッカリしたような
素振りを見せたからなのか…
お局様の気もすんだらしく


「あらやだ、誤解だなんてー。してないですよー、そんなこと。冗談よ、冗談。
さぁ、仕事、仕事!」


(あんたなんて見向きもされてないのよ!)
とでも言いたいかのように私を見下したような視線を送ると、お局様はその場を立ち去った。





(なんか誤解させてしまってたら申し訳ありません。僕は彼女いますんで…)か。

ズシンと来たな。
特別な何かになれた気がしたのは
私の思いあがりで…


彼女がいることは知っていたはずなのに、
改めてベンの口から言われると
全てを否定されたような気がした。