人影も疎らな、夜の駅のコンコース。

「心を読み合ってるみたいで、あなたと居ると疲れるの。じゃあね。ありがと」

涙も笑顔も無く言われた時に握り返した、冷たい手の温もりがずっと心に焼きついて離れなかった。

(もういい)

以来僕は、ずっと恋から遠ざかっていた。二人の彼女と、この出来事に出逢うまでは―。



 窓の向こうで桜の花びらが舞う季節。校舎二階のまだ誰もいない廊下を靴音を響かせて歩いて、教授室のドアノブを掴んだ。

「おはようございまあ…」

そこに彼女は座っていた。目の前すぐに狭苦しく置かれた革張りの応接ソファーに、しおらしく、中年の細身の男性と並んで。

(綺麗な人)

それが第一印象。

「…す」

パッと予定表のホワイトボードに目を遣った。今日の予定欄は空白。突然のお客だ。こんな朝一番からやってきた二人は一体?

「やあおはよう。ちょうどいいところに来てくれたな」

と、二人と向かい合ってどっかりと腰を下ろしていた、黒縁メガネの教授がどっこいしょと腰を上げ、ソファに座る二人に目を落とした。

「お二人にさっそくご紹介しておきましょう。こちらの彼が件の、我が人間行動学科の次代を担う期待の助手、大沢貴史君ですよ」

とニコヤカに僕を紹介した教授。

(期待の助手って…)

またかと思った。似たように持ち上げられて紹介されたのは何度目だろう。

(もういいですって教授)

確かこの前は心理学科の名誉教授と若い助手だった。彼女も僕もお互い独身同士。親心溢れる教授はせっせと僕に女性との仲を取り持ってくれるが、教授に薦められた相手なんて付き合い始めたら最後、合わないとわかっても断るワケにはいかなくなる。

(そんな重いのはね)

まあその時は同じ学部内だし、一応教授の顔も立てて一度は食事をして、でもそれっきりにした。「お互い心を読み合うようで疲れますから」って、昔言われた理由をそのままつけて。

「君にも紹介しておこう」

と、教授がやけにしたり顔の笑みを浮かべて一歩寄って来た。

「こちら、自然科学研究科近未来研究所の栗栖所長と、研究員をされてる姪御さんだ」

と教授の紹介でパッと立ち上がる二人。