「……ケイ」
私の呼ぶ声で彼の目がこちらを向く。
「私は気にしてないから、ケイも気にしないで」
再び教室を一瞥した彼は重い溜め息を吐いてから、険しかった表情を少しだけ緩めて眉を下げた。
「おはよう、ハスミ」
私の肩に腕を回すと顔を近付けてきて、ケイの唇がこめかみに軽く触れる。それだけで、じわりと目元が熱くなる。それを知られたくなくて俯きがちに歩き出した私の隣を彼も歩く。
「馬鹿だなぁ」
ぽそりと呟かれた。私がキッと睨み上げれば、尖った気持ちを丸くさせるほどの優しさが溢れた笑顔があったから、何も言わずに俯いて目を擦った。
「でも、そういうところも好き」
「ああ、そう」
遅ればせながら、ここが廊下で人前だと気付く。そして、やって来る羞恥。顔全部が熱くて、とにかく人目を避けようと前髪を寄せ集める。
「知ってる? 俺、ハスミを好きになってから、ずっと好きが上乗せされてるの」
「……知らん、そんなもん」
少なくとも、今ここで言わなくても良いってのは確かだ。
俗世との関わりを隔たる前髪という壁を守っていた私の手を、不意に隣の奴が掴んで崩してしまった。
私の目の前に立ったケイを見上げる
「出会った時よりも、告白した時よりも。多分これからもハスミを好きになる。俺はハスミから離れたりしない」
ケイはやっぱり笑っていた。茶化すものではなく、ちょっと困ったように、けれど嬉しそうに。私の目尻から零れる涙を指ですくい取る。
「だから、安心して。俺はどんな時だってハスミの味方だ」


