「全部自分の中に溜め込んでしまわないで。辛いことがあったら言って。隠そうとしたり、俺のいない所で泣かないで」

 ケイの手が頭に乗せられた。伸びかけの前髪が目にかかって目を閉じた私に、彼がくすっと笑って髪を掻き分ける。

「ハスミが俺以外を構うのは正直ちょっとつまらないけど、大事な友達なんだよね」

 どこまでも私を甘やかすケイの目や、言葉、声。

「ハスミは自分の思った通りに進んで良い。ハスミのどうしようもなくお節介でお人好しなところも、その真っ直ぐさがあってこそだと思うから」

 私の髪に手を梳き入れる。そんなに優しくして、私を堕落させるつもりなのか。あの人間を駄目にさせるソファが擬人化でもしたのか。

「突っ走って止まれなくなりそうだったら、俺が止めてあげるよ」

 ケイって本当ズルい。私のへこたれた気持ちを簡単に立て直しちゃうなんて。

 でも、ケイが居てくれて良かった。安心して息が出来る。全然苦しくなくて、心強くて、さっきまであったやるせなさが軽くなっていた。

「私を猪か何かと勘違いしてない?」

「あれ、違った?」

 ケイのとぼけた笑顔が好きだ。

 私と彼の笑い声が重なる音も。

 好きって、身構える前に急に現れて、まるでびっくり箱みたい。だから私は無防備にドキドキしてしまう。

「私が猪ならケイはうり坊ね」

「ん? 俺とハスミのうり坊なら遠くない将来に会えるんじゃない?」

 言葉の意味を考える前に予鈴が鳴る。赤い頬をした彼は早々に背中を向けて、私も私でやっと意味を理解して、逃げるように教室に入った。