顔を離して彼を見上げる。

 開けられた彼の瞳が嬉しそうに細められて「ありがと」と囁いた。

 このままバイバイするのが惜しくなって、離れようとするケイに、私は立ち上がって首に腕を回していた。驚く彼が一瞬視界に入ったけど、再び触れ合った唇の感触だけを感じるように目を閉じる。

 私とケイの間に挟まれた自転車が不安定に揺れ、傾き始めるそれが倒れてしまう前に私たちの唇は離れてしまった。

 残念に思ったすぐ後で、冷静になっていく頭が今しがたやらかした事態を把握し、熱を帯びていく体。慌ててケイから距離をとったところで、意味なんてなかった。

「今の、すごく良かった。またやってねハスミ」

 新しい遊びを思い付いた子供みたいに無邪気に笑って、ケイは手をヒラヒラさせて歩いていく。

 悔しいけど、奴の手のひらの上で転がされているみたい。

 遠くなっていく背中に舌を出して白目を向ける。すると、不意に彼が立ち止まって振り返った。私は何でもないフリをしてはにかんだ。彼は可笑しそうに笑ってる。

「バイト終わったら電話する!」

 そう叫んだケイに、やっぱり悔しくなるくらい私の心がみたされてしまう。 

 手を振る彼に、私も振り返した。

 側に立つ木の青々とした葉っぱが、生温い風に吹かれて揺れる。私はそれを見上げてからペダルを踏み込んだ。