「どうせなら、もっと楽しい夢が見たいのにな」

「楽しい夢、ね」

「雨夜だって、こんな真っ白な空間より、もっと楽しいところに行きたいと思わない?」


 どうせ夢の中だ、それに雨夜が出てくるのなんてきっと今夜限りだろう。どうせなら好きな場所に行ってみたかった。


「なあ、それなら」


突然立ち止まって、雨夜がくるりと体の向きを変え、こちらを向いた。長い前髪からのぞく色白な肌。整えてはいないけれど綺麗な黒髪。切れ長の目と高い鼻。横顔が映えるスッとした綺麗な骨格。まじまじと見ると、やっぱり彼はかなり整った顔立ちをしている。女子の間で人気があるのにも納得がいく。


「本当にここが那月の夢の中なら、明日から見る景色を変えられるんじゃないか?」

「え、なにそれ、どういう意味?」


あまりに唐突に言うものだから、雨夜の言葉を理解するのは難しかった。私が困ったように眉を下げると、雨夜はいやな顔をせずもう一度話しだす。


「ここが本当に那月の夢の中なら、この世界の支配者は那月ってことだろ。つまり、現実世界で夜寝る前に、那月が行きたいところを想像するんだ。そしたら、こんな真っ白な世界じゃなくなるかもしれないだろ」

「支配者って……」


いきなり意味のわからないことを言いだす雨夜に困惑した表情を見せると、「夢の中でくらい、好きなところに行きたいんだろ」と意外にも私が思っていたことと同じ返事が返ってきた。


「雨夜って変わってる。第一、明日も私の夢に雨夜が出てくるとは限らないし、見たいと思った夢を見たことなんて今まで一度もないのに」

「そんなの俺だってそうだ。けど、やってみたって損はないだろ。それに――」


そこで言葉を詰まらせた雨夜に、私は不思議そうに「それに?」と聞き返した。


「……俺は、明日も那月に会えると思う」


いやに真剣な声だった。まっすぐに私に向けられた視線から目をそらすことができず、私の名前をなんのためらいもなく呼ぶ雨夜に心臓が跳ねた。

『明日も会えると思う』だなんて、夢の中なのにどうかしている。雨夜はなにげなく言っているのかもしれない。けれど私は胸の奥がぎゅっと掴まれたみたいだ。私の夢の中だからこそそんなことを言うのかもしれない。なんだか雨夜のことがよくわからなくなってきた。