「……ここにはなにもないな」


突然話を変える雨夜の後ろ姿を見ながら、学校で見た雨夜の姿と変わらないなあと思う。身長は平均より少し高いくらいだけれど、顔が小さくて細くて手足が長いから、スタイルはとてもよく見える。


「夢の中だもん、当たり前だよ」

「……夢の中なのか、ここは」


斜め前を歩く雨夜が少し顎を上げて周りを見渡す。どこまで行っても白い空間が続くだけ。影も光もなにもない。歩く音もしない。そこで聞こえているは、私たちの呼吸音と声だけだ。


「そっか、私の夢の中だもん、雨夜にはわからないよね」

「那月の夢の中?」

「そうだよ、ここは、私の夢の中だと思う」

「……どうして俺が那月の夢の中に?」

「それは……私にもわからないよ」


あまりにも自然に私の名前を呼ぶものだから、少し戸惑ってしまう。距離感って難しいものだ。晴太に「那月」と呼ばれたってなにも感じないけれど、雨夜に名前を呼ばれるのは少しむずがゆい。

雨夜はもっと無口で、私なんかと話すような人ではないと思っていた。夢の中だからなのだろうけれど、少しだけうれしく思う。雨夜が、私の名前をちゃんと知っていたこと。私の名前を、ためらいもなく呼ぶこと。


「ここが本当に夢の中なら、俺は那月の夢の住人ってことか」

「夢の中の住人って、おもしろいこと言うね」


私の言葉に、雨夜はやはりクスリとも笑わない。そういえば、これは今日一日雨夜を見ていて思ったことだけれど、雨夜って笑う時、目が笑っていない。

同じ空間でみんなが笑っている時、〝合わせているだけ〟みたいな表情をする。周りはきっと気づいていないんだろうけれど。


「ここが夢の中だとわかっている那月も那月だけどな」

「だって、こんなに真っ白な空間、夢でしかあり得ないでしょう。それに、雨夜と私が関わることなんてないし」


我ながら、かわいくない言い方をしてしまったと思う。でも、私の夢の中に雨夜が出てきたということは、今日一日雨夜のことを気にしていたことがバレてしまいそうで。

でも、やっぱり雨夜が夢に出てきて、こうして会話を交わしているということはすごく不思議なことだ。昨日、たまたま出てきてしまった雨夜のことを私が気にしすぎて、同じような夢を見てしまっているとしか思えない。