秘め恋


「私の方からそれとなくイクト君に訊(き)いてみようか? ちょうど昼に連絡先教えてもらったから」

「いいよ別にそんなことしなくて!」

 今度こそ、マサの声にはっきりとした怒りが混ざった。好きでもない相手との進展を促されることのもどかしさに加え、アオイがすでにイクトと連絡を取り合える関係になっていたということに強烈な嫉妬を覚えたのだ。車内には急激に緊張感が張りつめる。

「別れた女の連絡先教えろなんて、イクトからしたら無神経じゃない?」

 正論を口にしながら、マサは全く別のことに苛立っていた。いつの間にかアオイと連絡先を交換していたイクトの狡猾さ。それだけならまだここまでイライラせずにすんだ。それより大きかったのは、他の女との仲を積極的に応援してくるアオイの言動だった。そんな展開は想像すらしておらず、普段のポーカーフェイスを保てないほど落ち着きを失っていた。

 俺はただ、この人のそばにいられたらそれでいい。多くは望まない。そのつもりだったのに。

 遠ざければ遠ざけられるほど、強くアオイを求めてしまいたくなる。

「そうだよね、ごめんね……。私、考えなしで」

「本当にもうやめて。そういうの、ホントきつい」

「分かったよ……」

 しばらく気まずい沈黙が流れた。

 マサの気持ちはじょじょに冷静さを取り戻していったが、一方でアオイは深く落ち込んでいた。

 カフェでの勤務中、迷惑な客の尻拭いをさせられても文句一つ言わず淡々と業務をこなしていたマサを、こんなにも激しく怒らせてしまった。よかれと思ったことが全くの逆効果だったのだ。

 私が悪い。だって、たしかに身勝手な応援だったから。