雪化粧した峠を越え、賀代の住む町へ。
晩秋と初冬の境目よりも少し冬側にいるのかもしれない。

待ち合わせ場所のバス停の近くに、約束の時間の20分前に着いた。
ルームミラーをこちらに向け、顔を少しの間見たあと、元の角度に戻す。

待ち合わせの時間になっても賀代は現れなかった。

「ま、よくあることだわな。」

つい、独り言が出てしまう。
旅人同士の口約束なんて、反故にするためにあるようなものさ。
そう気取ってはみたものの、あと15分待ってみることにした。

ほどなく賀代が現れた。

「シン君、待った?」

「いや、今来たばかりだよ。なんか、久しぶりだね!」

「言うほど久しぶりやないやん」

賀代は笑った。

さっきまでの諦め混じりの虚無的な気分は、もうどこにもなかった。

「シン君、朝日温泉知ってる?すごくいい温泉なんやけど、そこに行かへん?」

「今日は、賀代ちゃんの案内が頼りだからね、その温泉に行ってみようよ。」

賀代の案内に任せてクルマを走らせる。
このあたりの道に明るいようで、ひとつの間違いもなくナビゲーションしてくれる。

急峻で狭い坂道を登ると、その温泉に着いた。

「じゃあ、シン君もゆっくり入ってな。」

湯に浸かりながらニヤけていた。
まだ知り合って間もないのに、もう恋人同士みたいだな、いやいや、そこまでじゃないだろう…

そんなことばかり考えていた。
いつもの僕なら、湯の質のチェックを怠ることがないのに。

湯から出たあとも体は冷えなかった。

クルマの中で、賀代が戻るのを待っていた。
待つ時間にさえ胸踊るのは久しぶりの事だ。

「お待たせ~。」

賀代もよく温まったのか、幾分頬が赤く染まっていた。

賀代の案内のままクルマを走らせる。

「ウチが好きな食堂があるんやけど、そこでご飯食べへん?」

嬉しい誘いに乗らないわけがない。

「いいねえ!行こう行こう!」

アクセルを踏む足に、ほんの少し力が入ったのは気のせいか。