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第3話

「あなたがシン君ね。私、賀代っていうの。よろしくね。」

そんな連ドラやマンガのセリフにでもありそうな自己紹介をすることもなく、賀代はとりとめのない話を続けた。

賀代がそんなセリフを綺麗に言えない理由がもうひとつあった。

それは、関西弁を話すからである。

横浜で生まれ育った僕には、関西弁というものは大阪人が話すものという先入観がある。そして、先入観通りに、賀代の出身地は大阪だった。

だが、大阪弁は早口であるというもうひとつの先入観は当てはまらなかった。

「シン君、歌上手やなあ~」

賀代のんびりとした大阪弁が、ちょっと意外に感じられた。

旅人には独特の雰囲気がある。
それがどんなものであるか言葉にするのは難しいが、旅人の世界にどっぷりと浸かってしまっていた僕には、なんとなしにそれがわかるのである。

賀代からは旅人の雰囲気が感じられなかった。
旅人の香りを纏わない賀代が、なせディープな旅人が集まるこの場所にいるのかは知る由もなかったが、大したことではないだろうと気にも留めなかった。

共通の話題は温泉だった。

賀代が住む町には温泉が多い。
「いい温泉があるから、ウチが案内しようか?」

僕は温泉にはかなり詳しい方だ。
案内などなくても、いい温泉を探すことなど簡単なことだ。

そんな野暮な事を口にすることなく、案内をお願いすることにした。

それは、温泉よりもむしろ、賀代のことが少し気になったからである。

賀代と僕は、お互い連絡先を交換した。

旅人の世界では、連絡先を交換することなんてよくあることだ。
そして、連絡先を交換しっぱなし、口約束しっぱなしもよくあることである。

だとしても、旅人の雰囲気薄い、男好きのするタイプの賀代との約束は、心躍るものがあったのは確かだ。

それは、宝くじを買って一等が当たったらどうしようと考える虚しさと似ていなくもないが、そんなことを糧に人は生きていくものだろう。