玄希くんの両親が離婚した。

玄希くんからその話を聞いた時は、私の心にはどんな感情も湧き上がって来なくて、ぽっかりと穴がひとつ開いたような微々たる違和感があっただけだった。

玄希くんが笑っていたのは、両親が別れるという悲しい事実を振り払うためだったのだと私が悟ったのはそれから何年もあとのことだ。


「晴香。僕…お父さんに会いたい。お別れなんてやだよ…」


玄希くんは泣いた。

今だから分かる。

この時の涙と花火大会の涙は同質のもの。

大切な人を失った時に流すものだ。


「僕が元気になったら、夏休みに花火大会に連れて行ってくれるって、お父さんが約束してくれたんだ。今年の夏は花火して、甲子園球場に行ってプールに入っておばあちゃん家に行って虫取りするって…約束だって…。―――お父さん…、お父さん…」


泣いている玄希くんにかける言葉はなかなか見つからなかった。

小学生でボキャブラリーが少なかったという理由じゃない。

その時の私なりに考えた末の沈黙だったのだと思う。


ただ、手は握っていた。

右手をぎゅっと力強く握っていた。


私はどこにも行かない。

ずっとそばにいる。


そう伝えたくて…。


「玄希くん、売店までさ、グリコしながら行こう!」

「グリコ?」

「そう、グリコ」


グリコ、チョコレート、パイナップル…。

グーがグリコでチョキはチョコレート、パーがパイナップル。

勝った時に出していた手で進む数が違う。


そう私が教えてあげた。




私はじゃんけんに弱い。

ずっとチョキとパーを出されて負けていたもんだから、途中から玄希くんの姿が見えなくなった。

見えなくなると私はずるをして階段をチョコレート、パイナップルを連呼しながら降りていって玄希くんにしらーっとした目で見られた。


「晴香、ズルいね」

「ズルくてごめん」


私が平謝りすると玄希くんは笑ってくれた。

私はその笑顔にキュンとしていた。

心がムズムズしていた。


今なら分かる、この時何が起こっていたか。

でもその時の私は、まだ甘酸っぱいそれを知らない。

いつしかそれは、ムズムズじゃなくてドキドキに変わった。

胸のドキドキが加速する理由を常に探していた。