HARUKA~愛~

母はその日、朝から調子が悪かった。


前日、母は見違えたようにエネルギッシュだった。

明日は晴香の誕生日なんだから、ケーキ予約するのよ、と何度も父に念押ししていた。


それなのに私が予約していたケーキをとって病室に入った時には、たくさんの医者や看護師に囲まれ、じっと目を閉じ、苦しそうに呼吸をしていた。


「晴香ちゃん、今はちょっと出ていて」


ベテランで顔馴染みの看護師さんにそう言われ、私は渋々病室を後にした。 



―――桜が咲く頃までは生きたいな…。



最近の母の口癖は専らこれだった。


私は「何言ってるの?お母さんは元気になるんだよ!」と母を叱っていたが、バチが当たったのだろうか。
一向に良くならなかった。




誕生日は一緒に祝おうねと約束してくれたのに…。



私は唇を血がにじみ出そうなほどに強く噛み締めた。

でも、どれだけ強く噛み締めても、ズキズキと心の奥底から全身に走る痛みにはかなわなかった。


独りきりの階段。

春の日差しは差し込まない。

私はギュッと瞼を閉じた。


母の笑顔、

母の怒った顔、

母の困った顔、

まずい料理を食べた時の苦い顔、 

私に本を読んでくれた時の優しい顔。



私の大切な人の生きた時間を忘れたくなくて、私は頭の中の記憶の箱にそれらを詰め込んだ。


「晴香ちゃん!ここにいたの?!」


私を追い出したベテラン看護師が駆け寄ってくる。


「お母さんが晴香ちゃんと2人きりで話がしたいって」


私はケーキの箱を抱きかかえて全速力で走った。