「これ、は・・?」
「穂高先輩が、杉原さんに渡してって」
「い!いつ?」
「たった今さっき、だけど」

その言葉に慌てて廊下に飛び出し左右を見遣るが、そこに煌生の姿はなかった。

「煌生先輩・・」

大声で叫べば届いただろうか。しかし凛子の精一杯のそれは、賑やかな放課後の廊下に溶けて消えてしまった。

「凛子、大丈夫?」
「美麗ちゃん・・」

大丈夫、と笑わなくては。そう思ったのに笑顔を作る筋肉がどれかわからない。ダイジョウブと、どう発音するのかわからない。ただただ、胸が痛い。
自分の行動の罪深さを改めて思い知った。

「美麗ちゃん、どうしよう・・。私、先輩の事、傷付けた・・」
「凛子・・」

想いを、気持ちを、あんな真正面から差し出された彼の好意を、凛子は突き返した。どころか、受け取りもせず逃げた。そう、また、逃げた。最初の時と同じ。

「私、何も変われてなかった。折角先輩が特訓してくれたのに、何も・・」

あの頃の狡い自分のまま。

―そう、私は狡い。
赤面症だとか男の子が怖いだとか、そんなのは自身が作った言い訳の材料でしかない。私がこんななのは、私に意気地がないだけだ。他のなにものでもない、自分の心の弱さに原因はある。

その事に凛子はとっくに気付いていた。でも見ないようにしていたのだ。誰かの、何かのせいにして逃げる事で。

『私は赤面症だから、他人と上手くやれないんです』と。

ねぇ、努力は?知ろうとした?わかってもらおうとした?伝えようとした?
そう自分を責める自分に蓋をした。

努力は?

・・していませんでした。

何て狡い、私。

「美麗ちゃん、私、二年生の教室に」

今こそ、努力を。

「先輩に、会いに行ってくる」

このコンプレックスに打ち勝つ、努力を。