毎朝、まだ血色が目覚めていない自分の真っ白な顔が映る洗面所の鏡を見るたび、凛子は願う。今日こそこのまま顔が赤くなりませんように。
しかし今日は、朝一で覗いた鏡の中に、既にほんのり赤い頬が映っていた。手の平で包むように押さえると、思い出される昨日の出来事。
先輩に話しかけられたのに、無視して走り去ってしまった。

『俺のこと好きなの?』

少し鼻にかかる甘ったるい声まで蘇ってきて、凛子は更に顔を赤くさせるのだった。



 「凛子ぉ!昨日はごめんね!」

すっかり赤みの引いた顔で教室の扉を開けた凛子の元へ、昨日の帰りのように美麗が駆け寄る。
既に昨夜、メールで受け取った謝罪の言葉を再度告げる彼女に、凛子は机の横に鞄を掛けながら手を振って笑った。

「おはよう美麗ちゃん。全然大丈夫だよ、気にしないで」
「本当に?何も問題なかった?」
「ないよー、ただの委員会なんだか…」

言葉の途中で、凛子の頭に透き通った綺麗なアーモンドアイがぽんと浮かんだ。

「あ」

少しだけ垂れた凛子の眉を見て、美麗は首を傾げる。

「何かあったの?」
「えーと、うーん…」

昨日のあの出来事を何と説明するべきか、凛子は歯切れ悪く宙を見つめ考える。
そんな彼女が、ざわめく教室と、扉を見つめて固まる親友に気付く事はなく。

「あっ、りんごちゃん!」

慣れ親しんだ自身の名前に近しいそれを聞いて初めて、凛子の視線は後方へと向けられた。

「え」

思わず漏れた凛子の声など、跡形も無く消し去るような女子の黄色い声が教室に飛び交う。

「穂高先輩じゃん!」
「何で一年の教室に来てんの!?」
「てか、りんごちゃんって誰…?」

皆の視線が、まさしく林檎よろしく真っ赤な凛子に向けられる。

「りんごちゃーん」

呑気に手を振る男は、昨日目の前にあったその顔に間違いない。
何故ここにいるのか?何故私(の名と思しきもの)を呼ぶのか?彼女のパニックな脳ミソは答えをはじき出す。

―昨日無視して逃げた事を怒りに来たに違いない!