「ほらこれ、さっきと文字が変わっただけで同じだよ。この一番のやつを当てはめて…」

先程から何度も同じ説明が繰り返される。

実際、美麗も少なからず感動していた。

まず、シンプルに頭が良い。一年前にやった範囲なのに完璧に把握している。尚且つ問題への理解度も並ではない。その問が何を求めるものか、何を指しているか解るから、どうしたら答えが導かれるかが分かる。それ故に教え方が上手い。先程から聞いているが、先生が黒板を使ってあーだこーだ言うのよりも、彼が口頭で説明した方が簡潔でわかり易かった。凛子がどうしてわからないのかも理解しているようだった。
が、しかし。そんな懇切丁寧な解説も、今の凛子には無用の長物。正に馬の耳に念仏だ。

―近い。どうしよう、赤く、なってるよね絶対赤いよね。流石の先輩もこんな至近距離で赤くなったら気持ち悪いですよね!どうしよう、でも先輩が教えてくれてるんだからちゃんと聞いてなきゃ。

ちらり、盗み見る。ペンを握る手がサラサラと数字を綴ってゆく。細いけどゴツゴツしてて、うっすら筋が浮き上がっているのを見ると、改めて男の人なんだなぁと実感する。
いつの間にか夏服になっていたワイシャツの襟から、少しだけ焼けた肌がのぞく。「りんごちゃん」そう動く唇は、口角がちょっと上がっていてとても綺麗な形だ。

―綺麗、全然荒れてなくて、むしろ潤ってて、ぷるぷるで。
この唇が、私にキスをしたんだな・・。

「りんごちゃん?」

再び自分の名を紡いだそれにはっとして視線を上げると、これまでのどんな特訓よりも近くで、揺れるアーモンドアイと目が合った。揺れる。

「ねぇ、・・どうしてそんなに、真っ赤な顔して俺を見るの?」