あの日から、彼の口から紡がれるのは凛子への甘い言葉ばかり。

『好きだから。君の事』

その言葉の意味を知らしめるように。

「ん?りんごちゃん?」

名前を呼ぶ声もとろりと甘ったるく、下から覗く顔は溜息が出そうな程美しい。きっと、それがいけない。それがこんな気持ちにさせるのだ。その陶器のような肌が。

―触れて、みたい。

なんて。まさか、違う。

かぶりを振って思考を追いやっていると、廊下から名前を呼ばれた。

「あ、いたいた。おーい杉原」

友人の少ない凛子を呼ぶ声は限られている。美麗か、教師の誰かだ。最近は【穂高煌生】という新たな選択肢が大半を占めているのだが。

「菅谷先生」

凛子達のクラスの数学担当である彼は、教室に足を踏み入れると、にこにこと三人の元へ近付いてくる。

「あ、すがっち」
「え、すがっち?」
「俺のクラスの担任なの」
「へぇ」

美麗に続けて心の中で間延び気味に頷いていると、すがっち、もとい菅谷先生にぱこんと紙の束で叩かれた。

「お前あほ面してる場合じゃないぞ!」
「え、え?」
「俺の授業さーっぱり聞いてないな?」

そう言って机にぱらりと乗せられたのは、数時間前に受けた小テストのプリントだ。

「り、凛子…」
「わあお」
「っわああ!」

赤で大きく0と書かれたそれを、凛子は大慌てで机の中へしまう。しかしそのシンプルな数字が美麗達の目に見事焼き付いたのは言うまでもない。

「せ、先生!違うんですこれは!」
「ほう?」
「範囲を!範囲を間違えて勉強してしまって!」
「ちなみに先週は1点だったな?」
「……」
「3日後考査ですが?」
「が、頑張ります…」
「もーすがっち、りんごちゃんイジメないでよ」

赤く小さくなる凛子を庇うように、煌生が口を開いた。