当の凛子はというと、他にどんな返答があると思っていたのか、驚きの表情で固まっている。
それに苦笑しながら煌生は続ける。

「最初、って本当の最初は違うんだけど。まぁ委員会で最初に会った時、俺言ったじゃない?りんごちゃんに。俺の事好きなの?って。あれ、本当に願望でさ。本当は…、本当は俺が君の事ずっと好きで…。うん、好きで。それで…」

彼女が楽しそうに佐々木君の話をする姿を思い出すだけで、今すぐどうにかなってしまいそうだ。

「佐々木君に、嫉妬して、すんごく腹が立って、りんごちゃんの事、独り占めしたくって」
「っ」
「勝手にキスしちゃいました。本当にごめん」

捲し立てるようにそう告げた煌生に、凛子はただひたすらに赤面した。
こんなにもストレートに、それもこんなに激しく好意を向けられた事などないものだから、何と返せばいいかわからない。
大きな背を屈めて頭を下げる彼の前髪が目の前にある。さらりと流れる絹髪。彼の唇が触れた瞬間を思い出した。

「先輩、あの、顔を上げて下さい」
「……」

ゆっくりと小さな頭が持ち上がる。綺麗な顔が不安げに凛子を見つめる。

「怒ってる?俺の事、嫌いになった?」
「なら、ならない、ですよ」

彼の唇が触れたあの瞬間。凛子の細腕を掴む手は、まるでガラス細工に触れるようだった。さっき教室の中へ引き込んだ時も。
彼の触れる手はいつだって凛子に優しい。それを彼女は知っていた。

「私を傷付けようとやった事じゃ、ないんですよね?」

その言葉に煌生が首を縦にこくこくと振る。その必死な姿に思わず笑みがこぼれる。

「なら、嫌いになったり、しません」

もう自分には向けてもらえないと思っていた彼女の笑顔。

「…りんごちゃん、ダメだよ。そんなに俺の事甘やかしちゃ」
「えっ、えっ」

後ろの壁に煌生がその両手をつくと、その間で真っ赤になって慌てる。

「許しちゃダメじゃん」
「こう、き、先ぱ…」
「俺、君の事、もっと好きになっちゃうよ?」

凛子の瞳に映るのは頬を赤らめる少年の様な、それでいて垂れ流す様に色気を放つ男。

何と答えていいかわからない凛子を救うように、4時間目開始のチャイムが空っぽの教室にこだまする。

「わ、私、授業に、戻りますっ」

すり抜ける彼女を引き留める手はやはり優しく、困ったように振り返る彼女を見つめる目は鋭く美しいアーモンド型。
こんなにも綺麗な人が自分を捕まえようと必死になっている。

「ぜったい、俺の事・・・」

自分を求めている。求められている。

「好きにしてみせるから」

それは余りにも凛子の心臓を揺さぶった。
胸が音を立てている。ドキドキ?ズキズキ?どんな感情がその音を鳴らしているのか、まだ見えない。
ただ、手首を掴む大きな手の平だけが生々しい程リアルだった。