適当にした返事のその大きな語尾に、移動教室を始める生徒の動きが止まる。
しかし、ざわつく教室も驚いている友人達も彼の視界には入らない。今彼の視線の先には唯一、真っ赤な顔を俯ける愛しい姿だけがあった。

「りっ、ど、どうしたのりんごちゃ、え、何でここに…」

動転しながら走り寄れば、そろりと視線を上げこちらを見つめる。
まっかっか。
ここは二年の教室でこんだけ注目を集めてしまったのだからそりゃそうか、とそんな彼女を少しでも教室から見えないよう庇って立つ。なのに。

「あ、あの。煌生、先輩」

頬と同じ林檎色の唇から自分の名前が紡がれると、一気に欲情しそうになった。

―どうしてここへ来たの?

昨日触れたそこに、もう一度自分の唇を押し当てて。

―もう、近付かないでくれってお願いかな…。

無理矢理隙間を開けたなら、甘く優しく犯してしまいたい。

「君に拒絶されたら、俺はもう生きていけないのに」

呟きは情けない自嘲になった。
何であんな事をしてしまったんだろう。大切に想う程何故、めちゃくちゃにしてしまいたくなるんだろう。それでもどうしても嫌われたくない。こんな汚い俺だけど、お願いだから拒絶しないで。


「何を、言ってるんですか?」
「え」
「これ、昨日お借りしたカーディガンです」

そう言って差し出されたのは白い紙袋。

「へ?あ、ああ。カーディガン…」
「ありがとうございました」

拍子抜けする煌生を他所に、ぺこりと頭を下げ「では」と去ろうとする凛子。