やってしまった。高校への最寄り駅、改札を抜ける煌生の足は鉛のように重い。

 そう、あれは昨日の事だ。自分以外の男の名前を嬉しそうに呼び、そいつの話を楽しげに話す彼女に、イライラが募っていった。

『この間の宿泊研修の時佐々木君が貸してくれたジャージの上着もすごく大きくて』

男っていうのは自分も含め単純な生き物だ。好きでもない女の子にジャージを貸してあげたり、わざわざ湿布を貰ってきてそれを跪いて貼ったりしない。そう、単純に。

―きっと佐々木はりんごちゃんの事好きだ。

恋をした今ならわかる。好きな女の子に優しくしたくなる気持ち。大事にしたい気持ち。

「大事に…したかったのに」

無理矢理奪った唇の感触を思い返す。
きっと傷付けた。彼女を。それなのに幸せそうに高鳴る自分の心臓を、心底軽蔑した。



見慣れた扉を開けた先には、見慣れ過ぎた顔。
この高校にはクラス替えが存在しない。その為、一年で同じクラスになったら最後、三年間同じ顔を拝み続けるしかないのだ。

「煌生ぃー、おはー」
「……」
「煌生ー…?」
「…え。呼んだ?」
「呼んだ、ってかおはよって」
「あーおはよ…」

教室に入って席に着いた彼の元へ友人達が寄ってくる。

「ど、どしたの煌生ちゃん。昨日から変だよ?」
「そうだよー!昨日めっちゃ怖かった」
「あの後、実加子煩かったんだぞー」
「何かあったん?」

騒がしいし調子の良い奴ばかりだが、悪い奴らではない。何だかんだ一緒にいる事の多い、学年でも一際目立つグループ。
その中でもいつも中心にいるのが、朝からアンニュイな雰囲気を漂わせる彼だった。