「わっ。せ、先輩、投げないで下さい」
「だってりんごちゃん遠いんだもん」
「と、遠くないですよっ」
「遠い」

3メートル。2人の間に流れる空気が少し変わる。いや、煌生が変えたのだ。故意に。

「から」

煌生の手が躊躇いがちに凛子の方へと伸ばされる。

「もっとこっち・・・おいで?」

「煌生ー!何してんのこんなとこで」

突然聞こえた高い声に、2人の肩が揺れる。
振り返ると、鞄を抱えた数人の男女が煌生の元へと寄ってくる。

「まじでいたじゃん煌生!」
「・・・おー。え、何で?」

その中の1人の女子が彼にぴたりと並ぶ。

「いや実加子がさ、何か煌生が裏庭にいるっていうからさー」
「したら本当にいんだもん。何してんの?」
「掃除。俺美化委員だから」
「あれ?煌生って美化委員だったっけ?」
「・・・だったよ」

実加子と呼ばれた茶色いボブヘアの可愛らしい女の子が、くすりと笑った。

「何それー、掃除とか超面倒くさいじゃん」
「超楽しいよ」
「えー嘘だ!てか煌生にそんなの似合わない!」

彼女の言葉に他の友人達も笑い声を上げる。

「確かに!お前教室の掃除とかした事あったっけ?」
「うるさいな、あるよ。ほらもう帰れ」
「煌生ひでー」
「ねぇ、てかあの子なに?」

そう言ってぴっと凛子に指を向けたのは、煌生にもたれるようにくっつく実加子だ。その指を煌生が窘める。

「こら、人に向かって指ささない」
「ぷーんだ」
「あの子は同じ美化委員の後輩」

同じ美化委員の後輩。間違いなどないその紹介に、凛子の表情がわずかに暗くなる。
だがそんな暇もなく、彼女に好奇の視線が向けられる。

「へぇ、じゃあ一年生?」
「え、超可愛いし」
「煌生と一緒の当番なんだー?」
「あっ、えっと…」