俯きかけたその時、トントン、と後ろから肩を叩かれ振り向いた。ぷにっと頬に刺さる指。

「じゃま」
「さささ、佐々木君!」
「さささ佐々木君ここ通りたいんだけど」
「ご、ごめっ」

慌てて避ける凛子と、呆然としている煌生の間を通って教室を出ていく佐々木。
はたとして煌生の視線が去っていく彼を追う。

―誰だ?りんごちゃんと会話した。りんごちゃんのほっぺ触った。

追い討ちをかけるように、頭一つ分下から可愛らしい声が、猫背ぎみのその背中を呼び止める。

「佐々木君っ、さようなら」

じわっと黒い液体が、心臓から染み出すようだ。

「さよーなら杉原さん」

―ねぇいつまでそっち向いてるの?早く俺の事見て。

「っりんごちゃん!」
「は、はい!」
「……」
「煌生先輩…?」

俺の事だけを見て。

「どうし」
「裏庭の掃除、行こ」

笑う煌生の顔が、何故だか泣きそうに見えて、凛子は言いかけた言葉を飲み込むように無言でこくりと頷いた。



 二人の美化活動の担当場所である裏庭は、正面玄関とは正反対のグラウンドと校舎の壁との間にあり、グラウンドからもフェンスで隔てられているため、滅多に生徒が来る場所ではない。
事実、凛子と、一年以上ここの生徒をやってきた煌生でさえ、今回の美化活動にあたり初めて訪れたのだ。

「わー、2週間放置したからゴミがすごい事に」
「…ですね」
「まずはゴミ拾おう、ゴミ」

荒れる裏庭を見渡し、声を上げる煌生はすっかりいつも通りだ。鼻歌を唄いながらゴミ袋をばさっと広げると、凛子に「ほいっ」と差し出す。

「俺拾う係ねー」

そう言って火バサミで近くに転がる紙パックを拾うと、凛子の手元のゴミ袋にひょいっと放り投げる。