「じゃあ、これは?」

そう言って触れたのは、ぎゅっと結ばれたままの小さな拳。

―この欲の留まる所はあるのだろうか。

「え、あ…」
「ダメ?ダメならダメって言って?」
「あ、いや、あの」
「いや?ダメってこと?」

するすると、彼女の手を解くように、侵すように指を絡めながら問えば、浮かぶのは困惑の色。眉を垂れながら彼の手に包まれてゆく自分のそれを見つめては、更に赤く、小さくなる。

「ね、ダメ?」

そう言って彼がぎゅうっと絡めた手に力を入れた時、咎めるようにチャイムの音が鳴り響いた。凛子の肩がびくりと揺れる。
2人の間に変な空気が流れ込む前に、煌生はぱっと手を離して明るく振る舞う。

「よし!じゃあ今日の特訓はここまでね」

空いた手にほっとした表情を見せる凛子。それに少し傷付きながらも、安心したのは煌生も同じだった。
もしもさっき、チャイムが鳴っていなかったら…。

「今日はりんごちゃんすごい頑張ったし、しばらく特訓はお休みにしようか」
「え…?」
「ほら、急がないと本令鳴っちゃうよ」
「あ、は、はい」

もしもさっきチャイムが鳴っていなかったら、繋いだ手を引き寄せて、この身勝手な想いを彼女にぶつけていたかも知れない。そんな自分が怖い。
彼女に近付くのが、怖い。



「じゃあ、俺下だからここで」
「あ、はい」

階段の前で向き合って話す煌生の、いつもとは違う様子に凛子は首を傾げる。

「先輩?何か、」
「来週は一年も二年も宿泊研修だから、次の委員会は2週間後だね」
「あ、はい…」
「それまでちゃんと自主練しとくんだよ~」

爽やかな笑顔はいつも通りなのに、どこか焦っているようにも見える。