3年A組と書かれた教室の前で、凛子は立ち尽くしていた。いや、正確に言うならば、廊下から教室内を覗いたまま動けないでいた。
既に中には大多数が集まっていると思われる美化委員のメンバー。まだ先生は来ていないらしく、何個かのグループになって談笑している。
凛子は考える。人よりいくらか回転速度の緩い頭をフル稼働させる。どうやったらこの中に目立たず侵入できるか。

「忍になれたら…」

もう一度言う。これは恋愛小説である。くの一のヒロインは登場しない。

「前から、なら」

いけるかな。皆が後ろの席に集まっているのを見て凛子は前へと移動する。2年生の教室、2年生の廊下というだけで威圧感を感じずにいられない。

「失礼します…」

口の中で律儀にそう告げて、教室の前の扉をからからと開ける。意外と音の鳴る戸だ、とそろり顔を上げると。

-えっ。

何故か皆こっちを見ている。
しかしすぐに視線は逸らされ、それぞれ会話が再開される。凛子は背後の扉をちらりと見た。そうか、前なんかから入ったから、皆先生が来たと思ってこっちを見たんだ。

「失敗してしまった…」

ぽそりと呟いて、窓際一番前の席へ向かう。少しでも他の委員達と距離を開けたかったのだ。そうして椅子を引きながら、ふと考える。
―自分はいつまでこうして人を避けながら生きて行くのだろう?



凛子も、昔から人と関わる事が苦手だった訳ではない。小学校に上がったばかりの頃は普通に友達と笑顔で会話をする、少し内向的なだけの子だった。
それが学年が上がるに連れ、周りが異性を少しづつ意識し始める頃になると、凛子の頬が赤くなるのを、そんな意味だとからかう男子が現れ始めた。
他人と接すると赤くなる。赤くなると笑われる。そんな事を繰り返す内、元々人見知り気味だった凛子はすっかり話す事が苦手になってしまったのだった。