フェンスを挟んだ隣のグラウンドから、部活中の野球部の声が聞こえる。暑そうな校庭とは対照的に、夕方は日陰になる花壇は涼しい。

「そんな訳で今日は席替えをしました」
「うんうん」
「隣の席の、佐々木君に、挨拶しました」
「うんうん、頑張ったねぇ!」
「でも……」
「でも?」
「無視、されてしまいました……」
「……おおぅ」

花壇の雑草を引っこ抜きながら、しゅん、と項垂れる凛子。その頭をぽんぽんと宥めるのは、佐々木とは対極をゆく王道王子様系(みたいな顔して計算高く好きな子に近付こうとする腹黒系)男子、穂高煌生。

「ほ、穂高先輩…」
「んー?」

にっこり微笑みながら覗き込んだその顔は林檎のよう。

「ち、近い、です」

耳まで同じように染めて恥ずかしそうに俯かれると、もう堪らない。

「うん、近いね?」
「手、手も…」
「ダメだよ赤くなっちゃ」
「あの、でも、もう」
「ほぅら、克服するんでしょ」
「は、い…」

そう言って何かをぐっと堪えるようにぷるぷると震える彼女の小さな頭を、煌生はにこやかに撫で続ける。


 それは先日の事だった。

『それ、俺だけになんない?』
『じゃあさ、それ克服しよう!』

それ、つまり赤面症を治す為に、煌生は自分と(近距離で)の触れ合いを提案した。

『多少荒療治だけど、りんごちゃんの赤面症って対人関係の不慣れから来るところが大きいんじゃないかと思うんだよね。だから俺と(近距離で)接する事で人と触れ合う事に慣れていけば、赤くならないんじゃないかなって』

尤もらしい事を言っているようだが、つまりは凛子との接点を増やそうという自分得な目論見が半分。もう半分は自分が見つけた凛子の可愛さに誰かが気付いてしまわぬよう。
どちらにせよ煌生自身の為の提案である事は疑いようがないのだが、勿論そんな渦巻く陰謀を知る筈も無い凛子は、ただただ感激していた。