5月になり、入学式の時満開に咲いていた桜の木が、青々とした葉に包まれる頃、担任の思いつきで始まった席替えに、凛子は憂鬱としていた。
席替えは嫌いだった。小学生の頃、当時足が速くてクラスでも人気者だった男の子が、席替えで隣の席になった凛子の顔を見るなりうげっと声を上げたのだ。

『こいつの隣になんかなったら惚れられちゃうじゃんかよ』

教室に笑いが起こって、先生が『止めなさい!』と声を張り上げる中、凛子は赤くなった顔を机に向けて垂れるだけ。

本当は言いたかった。
『これは赤面症なだけだから仕方ないんだよ。惚れたりしないから大丈夫だよ』
『だから、仲良くしよう』
凛子の口からその言葉が出る事は、ただの1度もなかったけれど。

でも先日、初めて伝えられた人がいた。彼は凛子の言葉を急かしたり遮ったりしなかった。真っ赤な顔で必死に紡いだ言葉を、優しく頷いて拾い上げてくれたのだ。

「煌生、先輩…」

ぽそりと呟く凛子の元に、美麗が駆け寄ってくる。

「りんこぉー!」
「おおぅ」

その大声とタックルにより、先程までの思考回路が遮断される。

「席!席どこ!?」
「あ、ええとね、27だから…」
「窓際!?後ろから何列目!?」
「ええと、後ろから」
「2列目だ!やったぁ!」

ちなみに私その後ろー、と嬉しそうな彼女に凛子も嬉しくなって、過去の苦い思い出をそっと仕舞い込む。

移動した席に座ると、窓から入った風がふわりと凛子の髪を撫でた。柔らかい春風に思わず頬を緩めていると、隣でガタンと大きな音がした。

「っひ」

思わず出た小さな悲鳴を飲み込んで、ちらりと横目を向けると、そこに座った男の子に何故か思い切り睨まれてしまった。
しかし、隣の席になったからには挨拶くらいせねば。こうゆうのは最初が肝心だ。最初が…。

「あっ、あの、よ、よろ」
「……」
「…よろ、しく…です」
「……」

無視。穏やかに風に揺れるサラサラの黒髪とは対照的に、ツンと整った彼の横顔はぴくりとも動かなかった。
不格好に笑う凛子の顔が一気に赤くなる。彼女は勿論今までに無い程頑張った。決死の覚悟だった。これは言い過ぎではない。
そうだ、彼女には一切の非はなかった。強いて言うならば、笑顔が若干気持ち悪かったくらいだ。

「こら佐々木!凛子がよろしくっつってんだろーがぁ!」

後ろから激を飛ばす美麗を一瞥して、心底嫌そうな顔を隠そうともしない。それどころか。

「うざ」

一蹴。そう、彼はイケメンにして女子嫌いと有名なクラスメート、佐々木康生(こうき)。今日から凛子の隣の席となるサブカル系塩顔男子である。