いつの間にか凛子の後ろに立っていた煌生が、驚く美麗ににこっと笑う。
ワンテンポ遅れて当人が振り返り、あっあっと声を漏らしながらぺこり頭を下げる。

「あ、お、はよう、ございます」
「うんもう放課後だけどね」
「あっ、えっと」

焦る凛子に、煌生はとびきり甘く笑いかける。この笑顔にどれ位の女の子が溜息を漏らすだろうか。

「りんごちゃんは俺と一緒じゃ、嫌?」
「えっ」
「美化活動」

見つめる瞳があまりに綺麗で、くらっとする。

「いえ、いえいえ!そんな事は微塵も」
「うん」
「微塵も、思っていないです・・・」

尻すぼみになったのは、嘘をついた罪悪感のせいだ。

「ふ。行こうか」
「あ、はいっ」

それを知ってか知らずか笑顔の煌生に促され、凛子が慌てて席を立つ。

「凛子・・・」

先程よりさらに心配そうにしている親友に、凛子は笑ってみせる。

「大丈夫、行ってくるね」

勿論それも心配をかけまいとついた嘘だったけれど。
慣れない、しかも男子の先輩と2人きりなんて怖すぎるけど。でも凛子自身わかっている。このまま他人と関わらずに生きてなどいけなくて。自分を覆うこの厚い殻を、破って外に出なければならない事。
大丈夫。今は嘘でも、本当にしなくては。

「そんな事より今日もお迎えでしょ?早く行かなきゃ」
「うん・・・頑張ってね、凛子」

大きく頷く。
教室の扉へと向かう凛子の後を追う煌生。

「そんな心配しないで、掃除するだけなんだし」

すれ違いざま、自分だけに聞こえるように囁かれたそれに、美麗は視線で振り返る。

「変な事しないから、安心してよ」
「変な事したら殺しますけど」

へらりと笑う煌生を、本当に殺せるんじゃないかという勢いで睨みつけてすたすたと教室を出ていく。

「こっわぁ~」
「え?何ですか?」

振り返った凛子に、何事もなかったようにぱっと笑顔を見せる煌生。

「んーん?行こっか」
「は、はい」

真っ赤な顔がこくこくと頷くのを、嬉しそうに見下ろしている。

「いいなぁ、やっぱり」
「はい?」
「んーん?じゃあ行こ。まずはねー」

部活に向かう前の生徒や帰宅しようとする生徒が2人をチラチラと見つめる中、教室を出ていく煌生の足取りは軽い。
その後ろを着いていく少女とは対照的に、スキップでもし出しそうな程軽いのだった。