ーーこの街はいつ見ても保守的で、優しくない場所だとずっと思っていた。どこか息苦しくて、鳥かごのような場所だ、と。

見方を変えれば、単純なことだ。
大好きな祭りに触れて、懐かしい場所へ足を運んで、大事な人と会う。難しい理由など何も必要なかった。私にとってかけがえのないこの街を守りたいと、ただシンプルに思った。

その気持ちこそがこの街に住む人たちを動かす、原動力になっている。

教えてくれたのは、他でもない樹だ。

毎年樹の笛を楽しみに暮らすのも、悪くない選択だと思う。そしていつかは、樹の隣で新しい未来を思い描きながら笑い合って生きていきたいだなんて、すっかり樹の作戦に乗っかってしまった証拠かもしれない。


ーー大丈夫。私はこの場所に、帰ってこれる。


深呼吸をひとつして、改札に切符を通した。一瞬で吸い込まれていく切符はまるで、私の決意のように勢いがいい。ICカード未対応の改札でなかったら、きっとこんなことは思わなかっただろうなと、笑いながらホームへ進む。


「祭りは一年後か。うう、長い」


嫌いだったはずの夏が、一気に待ち遠しくなってしまった。昨日聞いたヒグラシの鳴き声と樹のエピソードは、ずっと忘れられないだろう。


ーー樹が木なら、いつ戻っても安心、かも。


そんなことまでうっかり考えてしまい、私は甘ったるい気持ちを慌てて振り払った。


あれから携帯は、静かなままだ。きっと樹は忙しくしているのだろう。一生懸命働いている樹を想像してしまい、緩みそうな頬を隠そうと俯く。

素直じゃない私からの素直なメッセージは、一体どう思われるのだろう。最後の四文字に樹がどれだけ翻弄されてくれるのか、今から楽しみだ。


『笛も好きだけど、樹が好き』


終わり