初耳だ。今までそんな話聞いたことがなった。樹は言いにくそうにしている。


「うん。ほら、俺の名前」

「樹?」


名前を呼ぶと、樹ははにかんで頷いた。


「俺の名前、木みたいだろ。ヒグラシが木にくっついてるみたいに、佳奈も俺のそばにいてくれたらいいな、って」

「うわ、なにそれ」


恥ずかしい、と俯くと、俺も、と上から降ってきた。


「恥ずかしいついでに佳奈にキスしたい」

「え?! や、やだ! 何言ってるの」


急展開に驚いて、つい大きな声を出してしまった。樹は苦笑いを浮かべている。


「はあ。そんなに即拒否されると、ヘコむんだけど」


私が樹の冗談を真に受けて拒絶したのには、ちゃんと理由がある。この場所は、私たちにとってはただ甘酸っぱく懐かしい場所、というだけではないからだ。因縁の地と呼んでもいいだろう。


「だって、また誰かに見られてたら……」

「ああ、俺が佳奈に告白した時の話か。あれはホント、すごいタイミングだった」


樹は思い出したようにくくくっとのどを鳴らして目を細めて笑っている。


「遊んでた小学生に告白現場を思いっきり見られてて、次の日近所中に広まってたんだよな」

「笑いごとじゃないから!」