「手、鉄くさくなるぞ」

「……」


そのまま、ゆっくり鎖から手を引き離される。樹は私の目の前に屈んで、強引に視線を合わせてきた。居心地が悪くて目を逸らす。


「まーた、涙目」

「う、うるさいっ! 見ないでよ」


何もそんな至近距離で指摘しなくても、とむっとする。私は樹から借りたパーカーだということもすっかり忘れて、袖で目元をゴシゴシ擦った。


「はあ、参ったな……まさか佳奈に、そんなかわいい顔をされるとは思わなかった」


冗談はやめて、と言いかけてハッとする。
先ほどまで指を差して笑っていたと思っていたら、今度は大真面目な顔をした樹がそこにいたからだ。薄暗いけれど、かろうじて耳がうっすら赤くなっていることにも気付いた。


「ごめん。今の話は半分本当だけど、半分は嘘。佳奈がどんな反応するか見たくて、つい」

「じゃあ、お見合いは……?」

「見合いしろって言われてるのは、本当。でもまだ、するって決めた訳じゃない。その前に相手、見つかりそうだし」


口を挟む隙を与えないまま、樹は私の座っているブランコの鎖に手をかけて退路を断った。
ガシャ、と両耳に金属音が響く。

ーー今この瞬間、私の世界には樹しか存在しなくなってしまった。