『俺がそんなことするわけないだろ』

「……へ?」


呆れて脱力したように言う樹の言葉が予想外で、思わず声が出た。樹ならーー少なくとも、付き合っていた頃の樹なら、ここでは真面目なことは言わずに冗談を言うはずなのに。明るかった第一声とは違い、急に低くて真面目なトーンになった。電話だと表情が分からないだけに、不安になる。


『あれは佳奈をからかってただけだし』

「なーんだ……私てっきり、監視されてたのかと思った」


どっちみち、あの混雑だと現場にいたかどうかすら確認することは困難だ。それは私もこの目で見たからよく分かる。
私は努めて、明るく言い放った。らしくない樹は、得体の知れない怖さがある。


『いやいや、違うからな! 確かに佳奈のことは探してたけど、そんなんじゃない!』

「え?」


ーー探してた? 私を?


『……あ』


私は樹の次の言葉を待ったが、彼は一向に何も言わず、電話の向こうから聞こえる喧騒が耳の中を支配する。
樹が私の冗談に気付かなかったことよりも、私を探していたという事実の方が気になって仕方がなかった。

たっぷり1分は経った頃、樹は突然話題を変えた。