広間には、城主の丹羽様や、奥方様、小姓をはじめ、
城勤めの侍衆や、
厨番(くりやばん。専属のシェフみたいなもの)、
女中、
女房たちも集まった。
「何のお話なのでしょうねえ」
「いらしたのは関白殿下なのでしょう?」
「おめでたいお話だといいけどねえ」
「戦が始まるから、城を移れ、なんて言われたらどうしましょ?」
と、こんな時でも騒がしいのが女たち。
案外、こういう状況のときは、女の方が恐れ知らずで、肝が座っていたりするのね。
それに比べて男たちは…
みんな黙りこくって神妙な顔で、
「一体どんな無理難題を吹っかけられるやら…」
みたいな顔をしている。
四半刻(30分)もしないうちに、広間は人でごった返した。
一応、列になって座ってはいるけど、あまりに人が多すぎて、廊下まではみ出している者もいる。
上座のすぐ傍に丹羽様が控え、上座から向かって右にお雪、左に私が座している。
丹羽様の小姓が、すっと息を吸った。
「関白殿下のお成り」
広間の中の頭が、一斉に下がる。
上座の横の入り口から、ひょこひょこした足取りで、藤吉郎…じゃない、殿下が歩いて来る。
とてもじゃないが、天下人には見えない。
どこにでもいそうな、普通のおじさんだ。
なんて、本人には言えないけどね。
「面を上げよ」
その一言で、今度は全ての頭が上がる。
「今日、ワシがここに参ったは、他でもない。
そこなるお雪と、帰蝶の嫁ぎ先が決まったからじゃ」
…やっぱり。
ふっと、心が冷めていくような気がした。
「それはまた…実におめでたい」
と、丹羽様。
どうだか。
本当は厄介払い出来たって思ってるんじゃないのかしら。
っていうか、同じ時期に二人の婚約が決まることなんてあるのだろうか…
ハッ、
まさか同じ家に嫁げなんて言うんじゃないでしょうね??
「うむ。まことにめでたいことじゃ」
「おそれながら、殿下」
「どうした?帰蝶」
「は、私と雪の嫁ぎ先が同時に決まったと言うことですが…まさか、同じ御家に行けということでございましょうか」
「ははは!そう思うたか。さすがにそれはせん。このような美人を、2人も同じ家にくれてやるなど、癪じゃしのう!」
殿下の冗談(いや、本心かも?)に、広間の空気がわずかに和む。
こういう性格が、藤吉郎を天下人にしたのかしら。
「まずお雪じゃが、お前は筒井家に嫁いでもらう」
「かしこまりました。ありがたき幸せにございます」
「うむ。それから、帰蝶」
「はい」
「お前は…」
「豊臣家に嫁いでもらう」
…は、
「…はいいいいっ!?」
「どうした、不満か?」
「いっいえ!身に余る誉れにございます。身命をとして、豊家にお仕え申し上げまする」
「そうかそうか!そう言うてくれて、嬉しいのう」
まさか。
まさかだ。
嘘でしょ…?
よりによって…
豊臣家に嫁ぐですって!!?
ちらりと斜め前を伺うと、丹羽様も絶句している。
「さて、ワシの話は終わりじゃ!城の皆に、姫たちの祝儀について知って欲しくてのう。ささ、集めて済まなかった。皆、持ち場に戻るがよい」
その言葉とともに、殿下は立ち上がった。
同時に、皆が平伏する。
私は、小袖の裾を握り締めることしか出来なかった。