「ただいま。」


そう言って玄関を開け、靴を脱いでいる最中にも母さんの「おかえり」と言う声は聞こえてこなかった。

いつもなら真っ先に返事を返してくる母さんの返事が無い。

その事にすぐに違和感を感じ、まゆを顰め素早くリビングに向かう。
だがそこにも母さんの姿は見えず、いよいよ嫌な予感が拭えない。

「母さん!どこにいるんだ!?」


そう叫んでも返事は来ない。

出掛けてるのか?
いや、玄関は開いていたし母さんが俺が走っている最中に出掛けるなんて有り得ない。
まさか、変な奴に襲われたとかは無いよな?

色々と考えを巡らせれば嫌な考えしか思い浮かばず、背中を冷たい汗が流れるのが分かった。

一刻も早く母さんを見つけなければと思い、リビングを出て二階に繋がる廊下に出る。
廊下を出てすぐに白い腕が廊下に投げ出されているのに気付き、目を見開き白い腕の元に走った。

その白い腕の持ち主は、案の定母さんで顔色は真っ白としか言いようがなく、どうしてこんな所にと思い辺りを見渡せば受話器があるのが分かった。

それを見て、すぐに合点がいった。
そして体が高い所から落とされるような浮遊感に襲われた。

ぐらつく体をなんとか支え腕時計を見る。
もう、家を出てから30分以上も過ぎていた。

急いで母さんの腕を取り脈を測る。
…脈はあるし落ち着いている。だが意識はないし顔色も悪い。このままじゃまずいと思ってそのまま受話器を取り救急車を呼ぶ

「もしもし?」
「…もしもしランニングから帰ってきたら母が倒れていて、脈は安定しているんですがまだ意識が戻らなくて…。」
「分かりました。すぐに救急車を向かわせますね。ご住所は?」
「愛知県名古屋市〇〇町〇〇〇〇です。」
「分かりました。落ち着いた対応ありがとうとても助かったわ。」


そう言って電話は切られた。

救急車がもうすぐ来る。
その事にすごく脱力感を覚え、思わず体の力が抜けそうになるのを必死に堪えた。

俺まで気絶する訳にはいかない。

そうなんとか自分を叱咤し、電話の着信履歴を確認する。
あぁ、やっぱり。

そこには俺が家を出てから15分ほどしてから電話がかかってきていた。

母さんは、今の俺とあの時の父さんを重ねてしまったんだろう。
そこまで落ち込んでいないふりをしてはいたがなんともお粗末な演技でそれが余計に母さんを痛々しく見せていた。まだここまで引きずっていたなんて、俺はまた気付く事が出来なかったんだ…。

そこまで考え、また自己嫌悪に陥る。

本当に今日は色んな事がありすぎて困る。