天使の傷跡


「すごい…! ここは一体っ?」

さっきまでの気まずさも忘れて思わず食い気味に聞いてしまう。
そんな私に課長もクスクスと笑っているけど、今は興味本位の方が圧倒的に勝っていた。

「俺も昔から読書に没頭するのが割と好きでな。ばあさんが死んでから二間続きだった部屋を少しだけ改装して書斎にしたんだ。今じゃここが俺にとって一番落ち着く場所になってる」

「そうだったんですね…」

課長が本の虫だとは知らなかった。
当たり前だけど、仕事中にそんな姿を見ることはなかったから。

…あれ? でもどうして私をここに?


「お前も好きだろ?」

「えっ?」

「資料室の裏側にある古いソファーに座ってよく本読んでるだろ」

「…えぇっ?!!」

どうしてそれを!!

資料室は各部署から少し離れたところにあるため、さらにその奥の方にちょっとした空間があるのに気付く人はほとんどいない。物置状態のそこにはおそらく使い道がなくなったのであろうソファーが置かれてあり、少し上の窓が南向きなこともあって、電灯がなくとも昼間は充分に明るいのだ。

入社後ほどなくしてその秘密基地とも言える空間に気付いた私は、昼休みに時間を見つけてはそこでまったり過ごすことが密かな楽しみになっていた。
もちろんほとんどが読書をしているのだけど。

今まで誰にもそこで会ったことはないのに、どうして課長がそれを…?