そのままぐいぐい背中を押されて自分の意志とは関係なく足が進み出す。
触れ方は優しいのに、前へと押す力はこの上なく強い。

「え? ちょっ…課長っ?!」

彼が向かおうとする先があの車だとわかると、私は必死に足を踏ん張った。
けれどただでさえ自由のきかない足で自分にできる限界の速さでここまでやってきたせいで、生まれたての子鹿のようにぷるぷる震えるだけで、悲しいかな何の抵抗にもなっていない。

「こ、困りますっ! 私、帰るつもりで…!」

「いいから乗って。お前まで濡れるなんて俺にとっても想定外だったんだ。これ以上体を冷やすわけにはいかない」

「で、でもっ…、それに、シートが濡れちゃいます!」

「ははっ、そんなの今更だろ? 俺の方がよっぽどずぶ濡れだ。お前が気にする必要なんて微塵もない」

「でも、でもっ…」

「あんまり抵抗するなら抱えてもいいんだけど。自分で乗るのとどっちがいい?」

「ななっ…?!」

誰をも魅了する微笑みを見せながらも、その目には有言実行だと書いてある。
人前で抱き上げられる自分を想像してゾッとした瞬間、あってなかったも同然の抵抗が体から消えていくのがわかった。

そんな私に満足したのか、課長はにっこり目尻を下げると、問答無用で私の体を黒いセダンの中へと押し込んだ。