スノーフレークス

 氷室さんが教室に入ってきたのだ。彼女は腰まであった黒髪をばっさりと切り、ボーイッシュなヘアスタイルに変えていた。私の髪の毛より少し短いくらいのショートボブだ。自分の気配を消す能力を持っている彼女だけど、この大幅なイメージチェンジによってクラスメートの注目を浴びてしまった。氷室さんのような美少女にはショートヘアもよく似合っていて、新しい髪形は皆に新鮮な印象を与えた。
 やはりあの時のことは夢ではなかった。彼女は地蔵菩薩様の命令に応じて美しい黒髪を天界に捧げたのだ。また私の胸が痛んだ。

 氷室さんが颯爽と歩いてくる姿に私の目は釘付けになった。昨夜はあれだけハードな時間を過ごしたのに彼女の顔には少しも疲れが表れていない。さすがは半人半妖の雪女だ。
 おしゃれ好きな藤井さんが「氷室さん。思い切ったわね。あの髪型、どこの美容院でやってもらったのかしら」と話しかけてきたけど、私は彼女の言葉に生返事しか返せなかった。

 教室で授業を受けていても一日中上の空だった。昨夜の光景が頭の中をループして、私は授業に集中することができなかった。

 雪の中を滑るように進む母さんの魂。
 念仏を唱えて不思議な法力を発揮する澁澤君。
 母さんを招きよせる世にも美しい白装束の女たち。
 殺風景な賽の河原。
 風に吹かれて回る風車の異様に鮮やかな色。
 河原とあの世を結ぶ渡し舟。
 地蔵菩薩の威厳ある声、圧倒的な存在感。

 あの出来事がたった数時間前の出来事だとは到底信じられない。全ては私の夢の中での出来事だったのではないかと思うほど、あの光景はこの現実の世界から乖離している。
 あの世界と比べると、私が今いる教室という空間はあまりに平凡で静かで当たり前だ。

 放課後、私は古城公園の堀端を歩いている氷室さんを見つけた。
 連日の降雪で堀の中はすっかり白い雪で覆われている。水の中に住んでいる鯉たちも今は冬眠の最中なのだろうか。私は不安定な雪道を走って氷室さんに追いついた。

「氷室さん、ちょっと待って」
 私は彼女を呼び止めた。
「あら、日向さん。お母さんの調子はどう?」
 私が声をかけると氷室さんが振り返ってたずねた。
「お陰様で順調に回復しているわ」
「それは良かったわ」