その記事は地元紙の片隅に小さく載った。翔太は未だにその記事を財布の中に仕舞っている。折り畳まれたボロボロになっているその新聞と、ある少年の笑い顔の写った写真。翔太とはあまり似てない。翔太は笑うと猫目がさらに鋭さを増して、目尻にシワを作る。彼は違った。三日月のように目を細め、口を大きく開けて感情を隠すことを忘れたかのように顔いっぱいに笑みを作る。写真の中に閉じ込めた笑顔の持ち主は翔太の兄、矢野爽太。矢野爽太は、四年前の夏、死んだ。自らこの世から消える道を選んだ。17歳。今年、翔太も俺も、彼と同い年になった。
矢野爽太の葬式には、坊主頭の学生服を着た高校生の姿が目立った。矢野爽太もまた、今の俺たち同様、高校球児と呼ばれ白球を追った。世間では夏の甲子園ベスト8が出揃った盆明けのことだ。

矢野翔太は泣いていた。遺影を持つもう一人の兄航太さんの横で嗚咽を堪えながら泣いていた。翔太の頬から顎に沿って滴り落ちる涙が、俺が眺めていた間、止まることはなかった。故人と呼ばれるようになった大好きで自分の兄のようでもあった矢野爽太よりも、彼の遺影よりも、悲哀を漂う暗がりの部屋でも、翔太に目をやっていた。
風がすこし南向きに吹いていたから、火葬場ではそちらに向けて煙は逝った。矢野爽太がこの世から別れを告げる最期の場にはそぐわない音が流れていた。夏の高校野球のテーマ曲「栄冠は君に輝く」。栄冠を掴めなかったと矢野爽太を皮肉ってるようで、虫唾が走る。その時に
翔太に言った。矢野爽太が焼かれている間、コーラと缶コーヒー片手に何故か並んで座っていたアイツに思わず言ったこと。
「爽ちゃんは俺のヒーローやせい、こんなんするか?」

思わずすこし怒りを込めて翔太にだけに伝わった言葉に、翔太は笑った。おもちゃを奪われた子どもみたいに泣きじゃくっていた翔太の笑顔を久しぶりに見た気がした。
「柊が怒るん久々見たわ」
目はまだ赤かった。でも笑ってくれた。それでよかった。