眠り姫の憂鬱。



そしてマラソン大会当日の朝。

私は保健室で体操服に着替えていた。

普通は更衣室で着替えるのだけれど、私の場合は施術痕が見えてしまうのでみんなと同じところでは着替えられない。


小学生の頃、クラスメイトに手術痕を見られ、怖がられたことがある。

確かに自分で見ても痛々しいと思うから、当時小学生だったあの子には刺激が強いものだったと思う。


「葉月〜、お前本当に走るのか?」


カーテンの向こう側から結城先生が話しかけてくる。

それがいつもと変わらなくて、今日もいつもどおりの日常が始まるような気がしていた。


「走るよ〜。先生、まだ着替えてるから覗いちゃダメだよ!」

「覗かんわ!」


まだ片手で数える程しか来ていない体操服を見にまとい、髪を高い位置でポニーテールにした。


「準備でーきたっ!」


カーテンを開けると仁王立ちした結城先生と目が合う。


「親御さんには言ってあるのか?」

「ううん」

「はっ?言ってねーのかよ」

「ごめんなさい、内緒にしといて。お願い」


当たり前だけど、お母さんやお父さんは絶対に反対する。

例え短距離だけ参加するとしても体に負担がかかることには変わりないから。