「……お前のような貴族は初めて目にするな。
もしや我の存在を知っていたのか」

「残念ながら。灰色の狼だなんて、一度聞いたら決して忘れませんもの」

にっこりと笑みを浮かべたジュリアに、灰狼は再び目を細めた。

「――我が名はアッシュ。主である魔王陛下の命に従い、久遠の森を統べる者」

凛と言い放たれた言葉に、ジュリアは思わず身震いする。

月を背にしてこちらを見据える灰狼はあまりにも美しく、彼女の心を絡めとってしまうには十分だった。

「……アッシュ様、よろしければ久遠の森のお話を聞かせて頂けませんか?」

自らの美貌を知り尽くした彼女は、口元で美しく弧を描いてアッシュを見つめる。

「姫、我が今ここにいるは主に呼び出されたからだ。
我は本来森を離れることができぬ。もう戻らなければ」

貴族の姫の戯れに付き合う暇はないと言わんばかりに、アッシュは素っ気なく身を翻した。

そのまま走り去ってしまいそうな灰白の背に、ジュリアは話し掛ける。