『また来ん春と人は云う
しかし私は辛いのだ……』

スマホのラジオで朗読を聞きながら、窓の外を見てる。
青々とした緑。高く聳え立つ山々。ただどこまでも遠い空。

こんな景色を見ていると途中下車して、Uターンしたくなる。
それを何とか堪えて、スマホの音量を上げる。

『春が来たって何になろ
あの子が返って来るじゃない』

中原中也の『また来ん春』を聞き、目を閉じる。

……あのカップルはどうなるのだろう。きっと別れるだろうな。
彼女は何が悲しかったのだろうか。
寧ろ、結婚する前で良かったね。戸籍に傷が付かないで済むよ、と言いたい。

初恋もまだな私には理解できない。
わからない。


時刻は12時少し前。私はホームで買った弁当を開いた。

それから少しして、新幹線は東京に着いたことを告げる。

「……毎年思うけど、広いなあ」

私は東京の駅のホームに降り立った。
帰省ラッシュ目前のため、人が多い。

私は人混みを掻き分けて、コインロッカーに向かう。
適当に荷物を入れ、本家への手土産と島原宛の櫛を買いに行く。

「本家は……これでいいか。何枚入だろ?
櫛は、何処に売ってるかな」

店員さんにクッキーの箱を5箱渡す。1箱20枚入りのクッキーだ。つまり、合計で100枚。
これが一日二日でなくなるのだから、本家には吃驚である。

クッキーの袋をぶらさげながら、島原宛の櫛を探す。
クッキーが地味に重い。こんな事なら櫛を先に買えばよかった。

色々探して、島原っぽい色合いの櫛を見つけた。
さっさと買って、また新幹線に乗らなくては。

櫛は綺麗にラッピングされて渡された。
島原には勿体ないくらいだ。

私は少し考えて、自分用の簪を買った。
青い珠の中に紫色の石が入っている簪。
簪もまた、綺麗にラッピングされて私に渡される。

よし、土産は買った。新幹線に乗ろう。