そう信じていた。






突然、澤田の右手の茂みから野球のバットを振りかぶった男が飛び出してきた。


澤田に向かって。


バット男は軽くかわされ地面に崩れ落ちる。


私でさえ、こんな状態なのに、ただの人間に何が出来るのだろう。


体中の骨という骨を砕かれ、男は地面を這う。


『残念っすね』
『そう、残念ね』


このチャンスを見逃す程私は甘ちゃんじゃない。


白虎の爪が澤田のにやけた表情ごと…刈り採った首を茂みの向こうに放った。




私は醜い白虎の爪を隠すことなく、全身の骨を砕かれた乱入者を抱き上げた。


どうやったって助かる見込みはない。


若い男だった。


二十歳を過ぎたくらいか。




『し…ぐ…れ…痛く…ないの…か?』


異様なまでに腫れ上がった男は、自分の痛みを棚に上げ、私なんかを気づかってくれた。


『信一さん…』


とうの昔に無くしたはずの涙が零れた。




『信一さん…』


私はあの人を探すために禁忌を破り、地上に舞い降りた。


澤田みたいな人間の追跡を振り切り、人間社会で生きるために…私は…この人を利用した。


私のエゴを成立させるため…それだけのために。


人間として生まれた訳じゃないから、戸籍は存在しない。


だから、身を隠す場所が必要だった。


『だ…い…じょ…うぶ?』


『信一さん…』


どこまでも人のいい彼…両親を事故で亡くしたばかりのあなたに会えてよかった。


天涯孤独の私を受け入れやすいでしょうから。




『どこに行ってたの?』




『め…ん…せ…つ』


面接かぁ…。


『どうして、言ってくれないの?』


『さ…ぷ…ら…い…ず』


涙が後から後から溢れ出す。






虫の息の彼が最後に私に告げる。