この命がある限り

―オンユアマーク…セット…、
パンッ!

中学3年の夏、私は最後の大会に向けて猛練習をしていた。
「こらっ、皆川!また休憩してないだろ!」
顧問が叫ぶも、私はハードルを跳び続ける。
「倒れたりしたらどうするんだー!」
「大丈夫大丈夫!」
「こらー!」
まーだ叫んでんの…。
ま、いいや。
私、皆川綾音はどこにでもいるような普通の中学生。
ただ、陸上が大好きなだけ。
ハードルが大好きで、走る時の風やハードルを跳ぶ直前の緊張感も大好き。
あ、休憩してる時間がもったいない!
そう思って、再び走り出そうとすると…。
あれ、体が前に出ない…?
「皆川〜。水分補給の時間だぞ」
顧問の竹内先生、通称竹ちゃんに肩をガッチリ抑えられてた。
水飲むと体重くなるから嫌なんだよな〜。
「あ!竹ちゃん、今いい感じの追い風じゃない!?ハードリング、見ててよ!アドバイス頂戴!!」
「お、確かにいい風だなぁ。よし、跳んでみろ!」
よっしゃー!
竹ちゃん、単純で助かるー!
そこで私は気持ちを切り替えて、スタブロをセットした。
そして、心を落ち着かせ、気合を入れて…。
よーい、どん!
1台目いい感じ!!
123、123、、、!
次々順調に跳んでいくと、あっという間にゴールだった。
走り終わって、息を整えていると竹ちゃんが水筒を持って走ってきた。
「はい、水」
「はぁい」
「だいぶ上手くなったなぁ!けど、もう少し抜き足を…」
竹ちゃんの教え方は上手だから助かる。
次の大会は、最後の大会。
絶対優勝してみせる!!

―女子100mハードルに出場する選手は…。
よーし。
「綾音、ファイト!」
「皆川なら優勝できるって!」
「綾音先輩、頑張ってください!」
みんな…。
「ありがとう!頑張ってくる!!」
みんなのエールを胸に、私はトラックへと向かう。
あ、やば…緊張してきた…。
ううん、大丈夫!
今まで頑張ってきたんだもん。
できる、できる、できる…。

そうしているうちに、私のレースがやってきた。
最初に何台か試し跳びができる。
よし、大丈夫。
深呼吸をして…。
よし、いける!
―オンユアマーク…
大丈夫、大丈夫、大丈夫だよ、綾音。
―セット…
やってやる…!
―パンッ!!
1台目…2台目…3台目…。
よし、順調!
ゴールが近くなってから、みんなの声援が聞こえた。
「綾音ー!ファイトー!!」
「いけー!皆川!!」
「綾音先輩ー!!」
あと1台…!

―只今のレース、1着は3レーンを走りました、皆川綾音さんです。

―女子100mハードルの表彰を行います。
第1位、皆川綾音様…

その後、私は県大会に駒を進めたものの、あと少しというところで関東大会出場を逃した。
それでも、走ることをやめたくなくて、家の周りをランニングしたり、部活に顔を出したりしているうちに、秋が終わろうとしていた。

ある日、帰りのHRが終わると、担任に呼び止められた。
早く走りに行きたいんだけどなぁ…。
「ねぇ、あなた進路どうするの!?」
あ、進路…。
やーべ、全然考えてなかった…。
「んーと、部活で受ける」
逆に、私の成績じゃろくなとこ入れないしなぁ…。
「どこを?」
「陸上が強いとこ」
「強いとこって?」
「南高かなぁ」
「あなたね、かなぁじゃなくて真面目に考えなさいよ」
めんどくさいなぁ…。
けど、高校は行きたいな…。
「週末までに考えてきまーす」
そう言って私は逃げた。

家に帰ってから、このへんで陸上が強い学校をスマホで調べてみた。
「んー、やっぱ南高かなぁ。制服も可愛いし…」
「綾音ー!ご飯よー!」
「はぁい!」
うちはお父さんが単身赴任でいないし、お兄ちゃんはとっくに家を出てるから、ご飯はいつもお母さんと2人だ。
「ねぇ、お母さん」
「何よ、改まって」
「私、南高に行きたい」
「陸上?」
「うん」
お母さんはしばらく考え込む素振りをした後、こう言った。
「一生懸命やるならいいんじゃない」

それからの私は必死だった。
部活には毎日顔を出し、竹ちゃんに「休憩ー!」と叫ばれながらも走り続け、苦手な勉強も少しだけ頑張った。

そして、入試当日…。
学力テストが終わって、実技テストになった。
「では、各自アップをして、時間になったらそれぞれの種目のタイム計測をします」
今日は寒いからランニングを多めにして、体操、ストレッチといつも通りアップをしていた私だが…。
スパイクを履き替える時に、とんでもない失態に気がついた。
なんと、ピンが1本外れていたのだ。
え、どうしよう…。
このまま走ったら、スパイクがダメになっちゃう…。
けど、走らないわけにいかないし…。
どうすれば…。
目尻に少し涙が浮かんだその時…、
「はい、これ使って。アシックスの金ピン」
「え…?」
視界に男子の腕が入り込んできた。
「ピン、1個どっかいっちゃったんでしょ?だから、使って。余ってるんだ」
「あ、ありがとう…」
「いーえ、頑張って受かろうな」
「あ、うん」
今の子、すごく優しい…。
よし、頑張ろう…!

―それでは、タイム計測を行います。
私はハードルのところへ駆け足で行った。
すると、さっきの彼もハードルだった。
お互いに驚いた顔をし、その後真剣な顔で頷きあった。
絶対に受かるんだから…!


―ひらり、ひらり、
桜が舞う暖かい日、私は南高の制服に身を包み、入学式に出ていた。