「ほら、風邪ひくぞ」


 一瞬、意味が分からなかった。
 首を傾げ続けるアタシに、あなたは傘を差し出す。


 いいよ。だって、アタシに傘差したら濡れちゃうじゃん!
 反論するけど、あなたは構わずアタシに傘を預ける。


 槍のように降ってくる雨のせいであなたの体は一瞬でずぶ濡れになる。
 なのに、終始笑顔でアタシに振り向く。


「じゃあな」


 じゃあな、じゃなくて!
 濡れちゃうよ。風邪ひくのはあなたの方だって!


 アタシは必死になって傘を返そうとするけど、あなたは振り向くことなく、大雨の中を駆け出し、霧の中に消えた。


 アタシは放心状態になりながら、あなたが消えていった方角を見つめる。

 あなたの渡してくれた傘は藍色。
 寒々しい色のはずなのに、どこか温かみがある。


 それは多分、あなたを表していると思った。


 この時、アタシは初めて人を好きになったんだ--。