キーンコーン……。

 十分休みになった。

 新美礼音(にいみらいね)は、教室を飛び出し、長く伸ばした黒髪をなびかせ、花里中(はなさとちゅう)職員室へ馬を駆った様に行く。
 五月の陽射しが、礼音には、眩しかった。

 早く会いたいよ。
 早く会いたいから、あなたの授業に必死なの。

 礼音は、推定年齢二十五歳の神谷龍(かみやりゅう)先生に夢中であった。
 自分は、十二歳のご身分なのにである。
 一回り以上違いそうだ。

「はあ、はあ、はあ……。ふう」

 呼吸は整えた。
 前髪も整えた。
 タイム良し。
 丁度職員室にいる筈。
 神谷先生ゲットできるわ。

 コンコン。
 ガラララー……。

「中一松組の新美礼音です。社会の神谷龍先生に授業の質問があります。お願い致します」

 月曜日だから、神谷先生恋しいマックスなんですけど!
 助けて、胸が詰まってで息もできない……。
 先生の香りを肺一杯にしたいのに。

 ガラララー……。

「はい、神谷です。おー。……出たよ、ケソ生徒」
 私が、百五十ちょいなのに、先生は、百七十位。
 かなり見下ろされる。

 職員室前の廊下が、ここだけの空間の様な気がする。
 ざわめきさえも遠のいて行く。

「また、ケソ言われました。ぶー。どうせ、クソの進化系ケソ生徒ですよ」

 リスみたいにふくれた頬を先生は大人なのにツンとつついて来た。
 
 だ、大丈夫かな?
 私の頬はリンゴみたいになっていないかな?
 だって、気持ちを知られるのは、困るんだもん。
 好きは、内緒なの。

 プリントを持っていた礼音の手がふるふると震える。