シン、と空気が鎮まって、自分の息づかいだけが聞こえる。



「お願いします」



合図などはなかったけれど、どちらからともなく礼をする。竹刀を交える前に、お互いに十五度の浅い礼をするのが基本だ。

竹刀を帯刀し、お互いに小さく五歩ずつ歩み寄る。そしてゆっくりと大きく、剣を抜く。ーー構え、刀(とう)。触れるか触れないかのところで剣先が、交わる。


そのまま真夏の剣も、僕の剣も、ぶれることなく体ごと下りていく。蹲踞(そんきょ)だ。

立ち上がるまでのわずか数秒、僕と真夏の視線がじわりとぶつかり合って、その瞳は少しだって揺れたりしない。向かい合う剣士の瞳からは、強い闘志が感じられる。


このまま『はじめ』という審判の声が聞こえてきそうだったが、これが試合ではなく二人きりの練習なのだということを思い出して、僕は慌てて頭を働かせる。

試合の時、僕は頭を使わなかった。体が勝手に動き出す。その感覚だったのだ。



「じゃあまず、切り返しから」

「はい」



気の引き締まった声からは、勘違いなんかではなく、僕への尊敬の念が痛いほどに伝わってくる。


すう、と真夏が息を吸った。いくぞ、いくぞ。瞳がそう言っている。声を吐く瞬間、僕らを纏う空気がビリビリと震えるのを感じた。



「ヤァ───ッ」



鈴のように凛とした、透き通る声。

まだ防具が重たい。だけど突き動かされる。その声に。


真夏が大きく振り被った。剣が描く弧はやっぱりぶれぶれで、下手くそ、と舌打ちをしそうになる。だけど同時に、こいつはまだ上へ行ける、そう思った。

それが、僕と真夏の交わした最初の剣だった。