井上が川辺から少し離れたベンチに着くと、そこにえみの姿はなかった。

井上は静まり返った辺りを見渡し、ズボンのポケットから、電話を取り出しアドレス帳からえみの名前を探して躊躇うことなくえみに電話を掛けた。

5回目のコールがなってもえみの声が聞こえてくることはなく、そのまま留守番電話へと繋がった。

井上は、電話を切り手当たり次第にえみを探し回る。



その頃、えみはバーベキューに参加するタイミングを逃し、合宿所の広場のベンチに座って一人で月を見つめていた。


ぼんやりと光る月を見つめながら、えみは右手に着けているブレスレットに手を当てる。

『光輝。』



『私はもう前に進むから。光輝も幸せになってね。』

心の中でそう呟き、ブレスレットを外してショートパンツのポケットにしまった。


『バーベキューのところに行ってみよかな。』


『井上くんに会いたい。』



すると遠くのほうから忙しない足音が聞こえてくる。

そして足音は、えみの方へとどんどん近づいてきた。

えみが音がする方を見つめていると、えみの所へ一直線に向かってくる井上の姿があった。


「井上くっ」

えみが名前を言い掛けた瞬間、井上はえみの体を抱き寄せ、強く、でも優しく抱きしめた。


「好きだ。」

井上は、溢れ出る思いを抑えきれないように言った。


「俺が入学式に見たときから好きなのは、真田さんだよ。」

井上は、えみを抱きしめながら優しく微笑みながら言った。

えみは、自分の顔を井上の胸にうずめて、そっと抱きしめ返した。


『まただ。やっぱり井上くんは、いつも会いたいときに来てくれる。』