ドアの方を見ていると、井上が中へと入ってきた。

手にはコーヒーを持っている。

そして、えみの方へ向かってゆっくりと歩いて来る。

そのとき、えみの目には、井上の姿ではなく、光輝の姿が映っていた。

『光輝。』
心の中でつぶやく。

井上がえみの目の前まで来て、コーヒーを差し出す。

その瞬間、えみは我に返り、その人物が光輝ではなく井上だということに気がついた。

「井上くん。」
ボーとした様子で、えみがつぶやく。

それと同時に差し出されたコーヒーに戸惑う。

「えっと、これ。」
井上を見上げる。

「この間のお詫びとお礼。」
ぐっとコーヒーを差し出した。

「え。あ、ありがとう。」
えみは慌ててコーヒーを受け取った。

一口飲むと、それは砂糖とミルクがちょうどよく混ざり合った甘くて美味しいコーヒーだった。

特に何も言わないえみの様子を見て、

「もしかしてコーヒーブラック派だった?」
少し心配そうに井上が尋ねた。

「ううん。このコーヒー私の大好きな味。ありがとう。」
えみはお礼を言った。

「そっか。」
安心した様子で井上が言う。

「じゃぁ、俺、授業の準備あるからもう行くね。」
くるっと方向を変えて出口へと向かっていく。

出口への向かっていく井上の後ろ姿を見つめながら、えみは思わず言葉を発した。

「井上くん、待って。」
気づくとえみは、井上を引き止めていた。

井上はえみの方へ振り返り、
「ん?」
優しい目をしてえみの方を見た。

「井上くんは、コーヒーブラック派?」
咄嗟に質問した。

井上は、変わらぬ優しい目つきで、
「俺は、砂糖とミルク多め派。」
そう答えて後ろを振り返り、上にあげた右手を左右に振りながら図書館を出て行った。

その答えを聞いたえみは、これまで重なる部分が多かった光輝と井上の異なる部分を見つけたことに少し安心していた。