歩き始めて5分ほど経った頃、誰かがえみの肩をぽんぽんと叩いた。

後ろを振り返ると、笑顔の大谷が立っていた。

「今帰り?ラッキー!一緒に帰ろうよ。」
えみの返事はお構いなしの様子で大谷はえみの隣を歩き始める。

「はあ。」
えみは、仕方ないかというトーンで返事を返した。

「少しは元気出たー?今朝元気なかったみたいだけど。」

「はい。大丈夫です。」

「もしかして、井上と何かあった?」

井上という名前に、えみは一瞬ドキッとした。

「いいえ。別に。」
一瞬の焦りを隠すように端的に答えた。

「そう。ならいいんだけどさ。そうそう。今日バスケサークルの仲間と、うちで飲み会するんだけど、えみちゃんも来ない?」
優しい笑顔で大谷が誘う。

「え。いいえ。私は関係ないので。」
えみは短く返事をした。

「えー。でもえみちゃん、三年になってキャンパス変わってすぐに、ときどきバスケサークル見学しに来てたじゃん。」

「え。知ってたんですか?」

「そりゃ知ってるよ。」

えみは、キャンパスが変わってすぐに、バスケサークルへ入会しようか悩んでいたのだ。

休学する少し前の2,3回バスケサークルの練習を見学に行ったことがあった。

その時に、サークルメンバーに大谷がいたことはえみは全く覚えていなかった。

「俺ね、そのときからえみちゃんのことかわいいなーって思ってたんだよね。ほら、覚えてる?サークルメンバーが練習始める前に、えみちゃん、体育館で一人でシューティングしてたことあったでしょ?それで、俺が突然話し掛けたらめちゃくちゃびっくりしててさ。持ってたボールを俺にパスしてきたの。そのパスがものすごく力強くて。こんな小柄な女の子が出すパスだとは思えないくらい強かったんだよね。それが印象的でさ。俺はずっと忘れられなかった。」
大谷は、懐かしそうに遠くを見ながら話した。

「なんとなく覚えてます。あれ、大谷さんだったんですね。」
ぼんやりとした記憶が頭に蘇ってきた。

「でも、えみちゃん、サークルの見学も突然来なくなって、キャンパスでも見かけなくなって。ずっと心配してたんだよ。」
少し真面目な顔つきになって大谷はえみの方を見て言った。

「いろいろありまして。でも、バスケサークルには入らないと思います。すみません。」
えみは頭をぺこっと下げた。

「そっか。まぁまた気が向いたら遊びに来てよ。入会も随時募集中だしさ。」
今度は笑顔で言った。

そうこうしているうちに家に着いた。
大谷は買い出しに行くからと言って、そのままスーパーの方へと歩いて行った。